29話 受け入れ
「ほっほっほ。お前さん達、その辺りでやめるんじゃ」
侍達がそちら振り向く。
するとそこには斬られたはずのぬらりひょんがいた。
「な、なぜ……」
あまりにも衝撃的なできごとに、侍達は言葉を失った。
それはこれまで冷静であった侍も同様である。
しかし綾斗と半蔵は一切驚いた様子はなく、逆にその隙を利用して行動を起こした。
綾斗は自分の首に刀を突きつけている侍にスマートバンドを押し付ける。
そしてそれに内蔵されている機能を使った。
「スタンガン起動!」
その声とともにスマートバンドから外に向かって強力な電流が流れ、瞬く間に侍を行動不能にさせる。
すると冷静な侍が我に返った。
「動くな! この老婆が……」
「遅いでござる!」
半蔵は既に自分を拘束していた侍を昏倒させている。
彼は冷静な侍に向かって一つの手裏剣を投げた。
一直線に飛んでいく手裏剣は冷静な侍が持つ刀を上に弾く。
「半蔵、良くやった!」
その隙に綾斗は冷静な侍に肉薄し、瞬く間に地面に投げ飛ばした。
そして綾斗はダイキチに声をかける。
「ダイキチ!」
「おうよ!」
綾斗の掛け声と共にダイキチが風を操り、地面に平行して伸びる竜巻のような突風を生み出す。
それは地面に倒れた侍達を軽々と吹き飛ばした。
吹き飛ばされた侍達は地面に打ち付けられ、数回バウンドする。
そうして彼らは意識を失った。
侍達が動かないことを確認した後、綾斗達は彼らを縄で結び、拘束した。
綾斗はダイキチに礼を言い、その後ぬらりひょんに声をかける。
「ひょん爺、ありがとな。ひょん爺が話しかけたおかげで隙ができて、侍達を倒すことができた」
「ほっほっほ。ワシら妖怪は妖怪と陰陽師の攻撃以外で死ぬことは無いからの。そのことをあやつらが知らんでよかったわい。まあ傷が深くて回復にちと時間がかかってしもうたが」
「俺もひょん爺にそのことを聞いていなかったら、侍達と一緒に驚いて固まってたよ」
その言葉に半蔵も頷いた。
するとぬらりひょんが話を変えた。
「そういえば五平の奴はどこいったんじゃ? ここにはおらんぞい」
そう言われて綾斗は周囲を見渡す。
そこには騒ぎを知った村人達がやってきており、事情を知ったウメから説明を受けて愕然とした表情をしている。
しかし五平の姿は見当たらない。
「本当だな。あいつも捕まえなきゃならねえのに……」
そう言いながら綾斗はふと遠くに見えたものを凝視する。
そこには見覚えのある小太りのシルエットが倒れており、そのそばにハチがいる。
ぬらりひょんもそれに気づいたようだ。
「綾斗、あれはもしかしてじゃな……」
「ああ、多分そうだな……」
二人はハチの下に駆け寄る。
そこには得意げな様子のハチがおり、そばに五平が倒れていた。
五平は気絶しているのかピクリとも動かない。
綾斗は驚きながらも口を開く。
「これって、ハチがやったのか?」
「わふっ」
首を縦に振るハチ。
綾斗とぬらりひょんは口を開けたまま、しばらくの間その事実を信じることができなかった。
綾斗達は五平も縄で結び、侍達と一緒に馬車に乗せた。
綾斗がぬらりひょんに話しかける。
「本当に大丈夫か? こいつらを町奉行所に連れて行くにしても、そこも倉之助と繋がっているんだろ?」
「そうじゃな。しかし手紙を読むに、奴と繋がっておる者達は一部だけのようじゃ。ワシにかかればそれくらい問題ないわい」
「そうなのか。それなら頼むよ」
ぬらりひょんは警察機関である町奉行所に五平たちを連れて行った。
村に残った綾斗は村人達の前で話しているウメに目を向ける。
「里は食料が豊富だから飢える心配は無いよ。それに綾斗が土を回復させたからといっても限度がある。加えて向こうの方が土がいいさね。だから皆、里に来ないかい?」
綾斗達は村人達を里で受け入れることに決めた。
倉之助の魔の手から守るためである。
しかし村人達はその提案をすぐに受け入れることができないようだ。
一人の村人が口を開く。
「この地は先祖代々受け継いできたんだ。だから引っ越すのは我慢ならねえ」
それに続いて別の村人が口を開いた。
「私達はこの地に愛着があるの。別の土地に行くなんて考えられないわ」
綾斗は黙っていた。
この時代の人間ではない彼にも、村人達が本気で言っているのは十分すぎるほど伝わってきたためだ。
するとウメが口を開いた。
「その気持ちは分かるさね。あたしだってこの村で生まれて、この村で育ったんだからねえ。でも土地も大事だが、それ以上に生きることの方が大事じゃないかい? たしかにこの地はご先祖様から受け継いできたものだが、それはあたし達に流れている血も同じさ」
今度は村人達が押し黙った。
ウメは続けて口を開く。
「里はいいところさね。妖怪が住んじゃいるが、皆気のいい人たちだ。なにより食べ物がこれ以上ないほどに美味しい。あんたたちも食べただろう? あれが毎日たべられるんだよ」
口を開けずにいた綾斗だが、こればかりは聞き捨てならない。
彼は即座に口を開いた。
「おい婆さん、ちょっと待て。俺を今以上に働かせる気か?」
いくら腕に自身がある綾斗でも、今の仲間達の分に加えて十数人分の料理を作るとなればたまらないからだ。
そのことを想像して、彼は顔を青くさせた。
「ひひひ。心配しなくても、料理をこの子達に教えればいいじゃないか。今まで土弄りしかやってこなかった子達だけど、やればできる子達さ」
「……それもそうか」
綾斗は少しの間考え込んで、そう言った。
そしてウメのその提案は魅力的だったのか、村人達は僅かに迷いを見せた後、里に引っ越すことに決めた。
こうして村人達の説得に成功した綾斗達は、彼らを里で受け入れることになった。




