28話 笑い声
▲ウメ視点
綾斗達が五平の家に行っている頃、ウメは誰が捨てられたのか村人達に聞いていた。
その際、村人達から気になることを耳にした。
「ええ? 五平の家に御侍様が来ているだって!?」
「ああ、そうさ。俺が夜中に目を覚ましたときに、たしかに御侍様が村長の家に入っていくのを見たんだ」
「それはまずいねえ。綾斗は口調がなってないから、もしかしたら御侍様がお怒りになるかもしれない。バテレンと勘違いして、丁寧な言葉遣いができないんだと思い込んでくれるといいんだけど……」
ウメは綾斗達が五平の家の前で彼と話している様子を見る。
そしてそちらに足を向けた。
▲綾斗視点
突如出現した侍達はぬらりひょんに向かって刀を振り下ろす。
その刀はぬらりひょんの肩口から腰に掛けて切り裂いた。
「ぬあ!?」
「ひょん爺!? お前ら、いきなり何するんだ!」
綾斗は憤るも、次の瞬間、今度は彼に刀が迫ってくる。
すると侍と綾斗の間に半蔵が滑り込むようにして割り込んだ。
「させないでござる!」
直後、火花が散る。
どこに隠し持っていたのか、半蔵はいつのまにかクナイを手にしていた。
刀を弾いた半蔵はその反動を利用して侍を蹴りつける。
「ぐあっ!?」
侍は声を上げながら後方に飛ばされ、別の侍達を巻き込んだ。
半蔵はその隙を逃さずに、すかさず手に持った何かを地面に叩き付けた。
その瞬間、辺り一体に視界を遮るほどの白い煙が広がる。
半蔵が叫んだ。
「綾斗殿、逃げるでござる!」
「お、おう!」
二人はその場に背を向け走り出す。
綾斗が半蔵に礼を言った。
「ありがとうな。おかげで助かった」
だが半蔵はふがいない自分を呪うような顔をした。
「……綾斗殿は助けることが出来た出ござるが、ひょん爺殿は油断していたので助けることが出来なかったでござる」
「たしかにそうかも知れないが、俺は半蔵がいなきゃ切られていた。助けられたことには変わりない。それよりこのままどこに逃げるか、だ」
綾斗は前を向き、考えをめぐらせる。
道は緩やかな丘のようになっており、遠くにダイキチの姿が見える。
だがこちらの様子に気づいていないようだ。
大声を出しても聞こえないだろう。
「油断していなきゃ俺も戦えるが、あの人数じゃ半蔵がいても勝てる自信が無い。こうなったらダイキチのとこまで逃げて、あいつの妖力で助けてもらう方が確実だと思うんだが、どうだ?」
半蔵は力強く頷いた。
「綾斗殿がどれだけ戦えるかは知らないでござるが、それに賛成でござる」
すると彼らの背後から侍達の声がした。
「追え! 逃がすな!」
背後を見ると、侍達が煙幕の中から飛び出し、綾斗と半蔵を追ってきている。
しかし速さは二人の方が上であり、侍達は一向に追いつくことができない。
「あいつらは靴を履いてないし、袴だからな。走りにくいから追いつけないだろ」
「そうでござるな。それに……」
半蔵は笑みを浮かべた。
すると侍達が急にたたらを踏み、悲鳴を上げる。
「痛!? なんだこれは!」
その様子を見て綾斗は疑問を浮かべる。
「なんだ? どうしたんだ?」
半蔵が答えた。
「まきびしでござる。逃げるときに撒いたのでござるよ」
「おお、さすが忍者だな」
綾斗はそう感心したが、半蔵はなんでもないよう答えた。
「そうでもないでござるよ」
「そんなことないさ。おかげで逃げ切れる確率がグンと上がった」
侍達はなんとかまきびしから逃れようと必死になっている。
これなら確実に逃げられるだろう。
そう判断した綾斗と半蔵は前を向く。
すると前からウメがやってくるのに気がついた。
綾斗と半蔵の顔から血がサッと引く。
「婆さん! 逃げろ! 侍達に殺されるぞ!」
「綾斗!? あんた御侍様相手にやらかしたんだね!?」
「俺は何もやってねえよ! とにかく逃げなきゃ殺されるぞ!」
ウメの表情が強ばる。
綾斗達の言葉と侍達の必死の表情を見て、どう訴えても殺されると理解したからだろう。
彼女は背を向けて逃げ出すが、歳のせいか走れていない。
「くそっ。こうなったらやるしかねえか!」
「そうでござるな!」
綾斗と半蔵はその場で立ち止まり、侍達の方に体を向けた。
侍達はまきびしがあった場所を既に越えており、綾斗達に向かって走ってきている。
綾斗が侍達に顔を向けたまま口を開いた。
「侍達の足の速さはバラバラだ。だから近いやつから順に倒していくぞ」
「了解でござる!」
その声と共に、綾斗と半蔵は侍達に向かって駆け出す。
半蔵はクナイと複数の手裏剣を、綾斗はベルトに挟んでいた万能工具を手にする。
すると綾斗が万能工具をショベルアームに変形させ、地面に突き刺した。
ショベルアームが自動的に土を掘り、救い上げる。
それを綾斗は侍達に向かって勢い良く振った。
「ふっ!」
大量の土砂が侍達に降りかかり、彼らの視界を容赦なく潰す。
「ぎゃあああ!」
「目が!? 痛ぇ!」
その隙に半蔵は上に飛び、手裏剣を投げて一人の侍を地面に縫い付けた。
「な、何が起こったんだ!?」
その侍の横を綾斗が通り過ぎる。
そして未だに視界が回復していない侍に向かって、ショベルアームを横から叩き付けた。
「ぐはっ!」
(残り四人。勝てる!)
綾斗は心臓が激しく鼓動を打っているのを感じながらも、そう確信する。
しかし侍達もそのままだとやられることは理解しているのか、涙を浮かべながらも目を見開いた。
「死ねぇ!」
綾斗の近くにいた侍が彼に向かって斬りかかる。
だが綾斗の頭上を越えて跳躍した半蔵が声を上げた。
「そうはさせないでござる!」
彼は空中で手裏剣を投げ、その侍を地面に縫い付ける。
残り三人。
それから綾斗の目の前に着地した半蔵は、斬りかかってきた別の侍にクナイで応戦した。
綾斗も別の侍と相対する。
「バテレンのくせに!」
侍が刀で斬りかかってくる。
それを綾斗は余裕を持って避け、時にはショベルアームで防ぐ。
(目で追えるな。これなら……)
侍の隙を突いて土をかぶせる。
そしてショベルアームをその横腹に叩きつけた。
その時、一人冷静な侍が綾斗と半蔵を避けて通り過ぎて行った。
すぐ先にいるのはウメだ。
その侍の意図を理解した綾斗は叫ぶ。
「おい、やめろ!」
しかし侍は足をとめず、ウメに追いついた。
そして腕で彼女の首を締め、そこに刀を突きつける。
「動くな! 一歩でも動けばこの老婆を殺す!」
その声に従い、綾斗と半蔵の動きがピタリと止まった。
それを見た冷静な侍が口を開く。
「そのまま武器を下ろせ」
綾斗と半蔵はそれぞれ手に持っていたものを離した。
同時に侍達が体を起こす。
すると一人の侍が口を開いた。
「よくやった! これでこいつらを始末すれば……」
そう言って侍達は綾斗と半蔵に向かって刀を振りかぶる。
しかし冷静な侍が鋭く声を上げた。
「待て! そいつらはまだ斬るな!」
すると綾斗と半蔵に迫った刀が、彼らの首にぎりぎり触れないところでピタリと止まった。
一人の侍が声を荒らげながら冷静な侍の方に振り向く。
「何でだ……」
しかし彼の声は次第に小さくなっていった。
理由は歴然。
冷静な侍のすぐ後ろに影が刺すほど大きなかまいたち、ダイキチが立っていたからだ。
「綾斗達が追いかけ回されてると思ったら……お前ら、俺の仲間になにやってんだ!」
ダイキチが声を荒らげるとそれだけで周囲に荒々しい風が吹く。
しかし冷静な侍は臆することなく口を開いた。
「妖怪、お前も動くな。動けばこの人質を殺す」
「……ちっ!」
ダイキチが舌打ちをしたと同時に風が吹きやんだ。
侍達は笑みを浮かべながら後退する。
もちろん人質となった綾斗達を連れたままだ。
すると後ろから朗らかな笑い声とともに声がかけられた。




