25話 直談判
◆綾斗視点
九尾の狐が里の仲間になってから早くも三ヶ月が過ぎた。
雲ひとつ無い晴天である。
秋の終わりが近づいてきたころ、青々としていた森はすっかり鮮やかな彩りに変わった。
地面には落ち葉が敷き詰められている。
綾斗はこの三ヶ月間、平家の埋蔵金を手に入れるために白い花を咲かせるツツジの大木を探していた。
探索範囲も九尾の狐の縄張りまで広がった。
しかし残念なことに未だ平家の埋蔵金は見つからない。
一方で彼には不安なこともある。
「帰る方法が分からないってのもなあ……」
三ヶ月前に意図的ではないにしろ峠を越えたにも関わらず、彼は元の時代に戻らなかった。
そのためもう一度峠に来てその辺りを調べているのだが、手がかりは見つからない。
これでは仮に埋蔵金を探し出したとしても、彼は約束を守ることができない。
「はあ……。どうしたもんか」
綾斗はため息を吐きながら、肩を落とす。
一方で一緒に来ていたサキは安堵していた。
「綾斗さんは別に帰らなくてもいいんじゃないなの? お宝だけ見つければいいの」
綾斗には帰ってほしくない、という思いから知らず知らずのうちにそんな言葉が口から出る。
しかし綾斗は首を振って力強く否定した。
「そんなわけにもいかねえよ」
その言葉からは絶対に未来に帰る、という意思を感じさせられる。
それを肌で感じたサキは顔を俯けさせ、零れ出そうな涙を我慢する。
すると彼女の頭に綾斗の温かく、大きな手が乗せられた。
「そんな寂しそうにするなよ」
そういって綾斗はサキの頭を優しく撫でる。
サキの心の中に温かいものが広がり、涙が自然に収まった。
彼女は顔を上げて笑顔を浮かべた。
里に帰ると綾斗達の布団を干していた一反木綿が声をかけてきた。
「あらぁ、綾斗ちゃん。さっきウメちゃんが呼んでいたわよお。帰ってきたら塩作り場に来てくれってえ。なんだか話したいことがあるみたいよお」
「俺に話したいこと? 分かった」
綾斗はサキを残し、ウメがいる塩作り場へ向かう。
そこではウメのほかに九尾の狐がおり、海水を入れた金属の箱を火で熱していた。
綾斗は九尾の狐に声をかける。
「よお、シッポちゃん。塩作りの手伝いも、もう慣れたもんだな」
「ぬぁ!? わちきをその変な呼び名で呼ぶ出ないぞ! ちゃんと九尾の狐と呼ぶんじゃ!」
「はいはい」
里ではぬらりひょんの命名により、九尾の狐の呼び名はシッポちゃんになった。
それを未だに本人は気に入っていない様に振舞っている。
しかし親しげに呼ばれるのに満更でもないことは里に住んでいる全員が知っていた。
綾斗はウメに話しかける。
「婆さん、お疲れ。話があるって一反木綿から聞いたんだが、なんだ?」
「綾斗、帰ってきたんだねえ。話ってのは村のことさね」
「村? もうあそこは回復させたし、保存食もたくさん渡したから来年までは大丈夫だろ。わざわざ行く必要は無いんじゃないか?」
綾斗がそういうと、ウメは首を振った。
「そんなわけにはいかないよ。冬越えってのはあんたが思ってるより厳しいんだ。例えば薪を調達するだけでも今の村の子達じゃあ重労働だからねえ」
そう言われて綾斗は村人達の姿を思いかえす。
彼らは度重なる年貢の徴収により、骨の形が浮き出るほどまで飢えていたのだ。
そんな彼らが木を切り倒して薪を調達するのは確かに辛いだろう。
「わかった。それなら準備をしてから行こうか」
そうして綾斗達は再び村に行くことになった。
三日後。
妖怪達が馬車に荷物を運んでいるのを見ながらウメは綾斗に話しかけた。
「村の子達に料理を振舞ってくれるのは嬉しいけど、大丈夫なのかい? この間調味料を切らしたばかりだろう?」
「大丈夫だ。調味料は江戸に行ったときにたくさん買ってきたからな。それにもし切らしても、また買いにいけばいい」
綾斗がそう言ったものの、ウメは怪訝な顔をする。
「けど江戸で厄介者に絡まれてもうあそこには行かないって言ってたじゃないか」
「ああ、江戸にはもう行かないさ。別の場所で売ることにするよ」
ウメに返事をした綾斗はそばにいたぬらりひょんに話しかける。
「それより問題はひょん爺だよな。また全力で妖力を使わせてしまうことになるが、大丈夫か?」
「ほっほっほ。心配せんでもワシら妖怪は疲れんから大丈夫じゃぞい。それに前回の村人達の様子からして、もう妖力を使わんくてもワシらを受け入れてくれとるからその必要もないわい」
「そうか。それなら良かった」
そして次に薪を運んでいる百姓姿の半蔵に話しかけた。
「半蔵、悪いな。手伝ってもらって」
「なんの、気にしないで良いでござる。薪を村人に届けるのに、男手が欲しいのは分かっているでござるからな」
そんなことを話していると、荷物が全て馬車に積み込まれた。
綾斗、ぬらりひょん、ウメ、サキ、キチ、半蔵、そしてハチが馬車に乗る。
「ハチも行きたいのか?」
「わん!」
「そうか。なら一緒に行くか」
馬車が出発し、綾斗がキチに話しかけた。
「キチの薬はすげえ良く効くんだろ? それならもう行く必要は無いんじゃないか?」
「そ、そんなことないよ。村人達はご飯をちゃんと食べてなかったから、病気にかかっている可能性が高いからね。もう一度診ておきたいんだ」
それからあっという間に村に到着した。
馬車を降りた綾斗達は周りを見て首を傾げる。
「誰もいないな。前来た時は警戒されてたけど、すぐに集まってきてたのに」
「もうじき冬だからねえ。作物の収穫も終わって、皆家の中で竹籠でもあんでいるんだろうねえ」
ウメのその言葉に納得し、綾斗は家々を回る。
すると彼女の言葉通り村人達は家の中におり、竹籠を編んでいた。
相変わらず村人達の容姿は変わっていなかったが、どの家でも彼が来たことは喜ばれた。
そんな彼らに綾斗達は薪を配っていく。
そして村人達を馬車の近くに集めた綾斗は、料理を配る準備をする。
すると彼はウメが訝しげな顔をしながら村人達を見ていることに気がついた。
「婆さん、どうしたんだ? そんな難しい顔をして」
「いや、前来た時よりも人数が減っている気がしてねえ」
そう言われて綾斗も村人達の人数を数えてみる。
そして顔を顰めた。
「本当だな。確かに減ってる。前来たときにいた村人達の人数は覚えてないが、減ったのはざっと五人くらいか?」
「そうだねえ。前来たときに村は回復し、キチのおかげで病人もいなくなったんだ。それなのにたった三ヶ月でここまで減るもんかねえ?」
すると彼らの会話を聞いていた村人が声をかけた。
「ウメさん、たしかに人数は減ったが、それは別に死んだとかじゃねえ。単に捨てられただけだ」
「捨てられただって?」
ウメと綾斗の顔が強張る。
村人は話を続けた。
「ああ。綾斗さん達が帰ってすぐだったかな。年貢が上がったんだ。それで綾斗さん達から貰った食料も殆ど持っていかれちまってね。そんでまた困窮したもんだから、食い扶持を減らすために村長が新たに村人を捨てたんだ」
唖然として言葉が出ない二人。
やがて綾斗が口を開いた。
「……それなら里の場所を教えておくべきだったな。それなら俺達のところに逃げてこれたのに……」
唇をかんで俯く綾斗。
村人はそんな彼に言葉を掛けた。
「綾斗さんは気にしなくていいんだ。これは元々この村の問題だしな。それに村長も綾斗さん達に気を使ってか、捨て人を追いやる場所を変えたんだ。だからどっちにしろ捨て人達は里には行かなかったよ」
その言葉を聞いたウメが口を開いた。
「ならどこに追いやったんだい?」
「村の南の方としか知らないよ。捨て人達が行ったのはそっちだったからね」
「森とは真反対の方向だねえ。たしかにあっちだったら里にはどうやってもいけないか」
するとぬらりひょんが彼らに話しかけた。
「話している途中悪いが、料理を配る準備ができたぞい」
「……そうか。それなら先にそっちを終わらせよう」
何かを考え込んでいた綾斗はそう言って鍋の前に立つ。
「先に、とは何のことじゃ? 薪も既に配り終わったから、これが終わったらすることなどないぞい?」
「いや、ここの村長に年貢をどうにかできないか聞いてみようと思ってな。俺達が分けられる食料も限度があるし、村人達もこの先ずっと貧しい思いをして捨てられるのはどうかと思うしな」
そう言って彼は村人達が持ってきた食器に料理を乗せていった。
綾斗の料理は前回と同じく、いやそれ以上に好評である。
村人達は涙を流しながらも一心不乱に食べ進めた。
そのおかげで綾斗が前回以上にたくさん作った料理は見事無くなった。
村人達は大変満足したようだ。
そんな彼らを後にして、綾斗とぬらりひょん、そして半蔵は五平の家に向かう。
半蔵が口を開いた。
「でもウメ殿を連れてこないでよかったでござるか? いたら頼りになると思うでござるよ」
「誰が捨てられたかを知りたいって気持ちは分かるからな。別にいいよ」
するとぬらりひょんが綾斗に声をかける。
「じゃが村長と話をするならウメさんがいた方が話しやすいぞい? いくらワシを連れて行ったからといって、頼みごとを引き受けてくれるかどうかは別じゃしな」
ぬらりひょんがそう言うと、綾斗と半蔵は立ち止まり、驚いた顔で彼を見た。
「そうなのか? ひょん爺が妖力を使えば可能だと思ったんだが」
「無茶言うでないわい。ワシの妖力は不自然なものを自然なものとして認識させるだけじゃ。そこまでのことはできんよ」
「そうなのか。なら直談判するしかないか……」
綾斗は再び前を向いて歩き出す。
彼は頭を回転させながら、近づく五平の家を見つめた。




