24話 仲間
◆九尾の狐視点
茂みの中から里の住人達が巨大な幻影に対峙しているのを見て、九尾の狐は歯噛みした。
「どうして驚かないんじゃ! もっと驚いて見せるんじゃ!」
何度も前足で地面を叩く九尾の狐。
彼女の視界には一反木綿が映っていない。
「ええい! こうなったら徹底的に驚かしてやるんじゃ!」
幻影がその巨大な手を持ち上げ、彼らの目の前に向かって振り下ろす。
すると妖怪達は僅かにたじろいだ。
「くっくっく、そうじゃ。もっと驚くんじゃ!」
味をしめたのか、九尾の狐はもう一度幻影の腕を上げ、振り下ろした。
◆綾斗視点
姫越峠を越えたぬらりひょん達はあと少しで到着する里を目の前にして騒然としていた。
「綾斗、急に叫んだりして一体どうしたんじゃ?」
「峠は越えちまった! 何があったのか知らねえがすまねえな!」
話しかけられている綾斗はというと、自身の手や体を見て呆然としている。
「……どういうことだ? 峠を越えたのに元の時代に戻ってない……」
するとダイキチが叫んだ。
「降りるぞ!」
その声と共に馬車は降下していき、綾斗の家の庭に下りる。
そこでは里の住人達が集まっており、綾斗の家を守るように九尾の狐に体を向けていた。
綾斗は考えていたことを一旦中断し、馬車の扉を開ける。
「皆! 早く馬車に乗れ! 逃げるぞ!」
すると一反木綿が叫んだ。
「待って綾斗ちゃん! あたし、体が絡まって動けないのお!」
「ならチュウキチに糸を切ってもらえ! 絡まった体は後で解いたらいい!」
一反木綿が動けないことを理解した綾斗はすぐさまそう指示を出した。
そして仲間達を馬車に乗せていく。
しかし妖怪達は馬車に乗ろうとしない。
「おい! 早く乗れ! 逃げるぞ!」
それに対してぬりかべが口を開く。
「そうは行かねえってんだい! ここは綾斗の命が詰まっている場所なんだ! ここがなくなりゃあの美味い飯が食えねえってんだ、スットコドッコイ!」
「おい、それって……」
綾斗は一度、彼らに料理人の命は包丁であり、料理器具であると話したことがあった。
彼らはそれを覚えていたため、こうして命を掛けてまで綾斗の家を守ろうとしているのだろう。
それを理解した綾斗は思わず怒鳴った。
「馬鹿やろう! それは料理人の話だ! 俺は料理人じゃねえから、お前らの命の方が大事なんだよ!」
「そ、そうなのか、スットコドッコイ?」
「そうだよ! だから早く馬車に乗れ!」
それを聞いた妖怪達は素早く馬車に乗り込む。
するとサキが口を開いた。
「あれ? ハチちゃんがいないの!」
「嘘だろ!? こんなときにどこに行ったんだよ!」
綾斗はあたりを見回し、ハチを置いて出発するかどうか僅かに迷う。
そして九尾の狐を見上げると、彼は訝しげな顔をした。
「は? 何やってんだ、ありゃあ?」
九尾の狐はどういう分けか手を振り上げた体勢のまま、あらぬ方向を向いて固まっている。
一体何をしているのか、と思っていると、今度はどういうわけか何かから離れるように後ずざった。
九尾の狐の視線の先を見てみるが、何もいない。
その様子を同じく見ていたぬらりひょんが口を開いた。
「何をしておるのかのう?」
「妖怪に詳しいひょん爺でも分からないのか?」
「九尾の狐とは話したことがないからのお。分からんわい」
そうして彼らが話している間にも、九尾の狐は一歩、二歩、と後ずざっている。
すると突如、九尾の狐が逃げ出した。
「……え?」
誰の声か分からないが、心の中では皆同じ事を呟いただろう。
しかし九尾の狐にさらなる奇怪なことが起こった。
逃げているはずの九尾の狐が突然空中で身動きを止めたのだ。
「一体なにが起こってるんだ?」
九尾の狐は空中に体を浮かせたまま、じたばたと暴れている。
その長い手足は森の木々に激突しているのだが、不思議と貫通していた。
綾斗達の目が不審なものを見る目になる。
すると今度は九尾の狐の体が何かに挟まれるようにピンと真っ直ぐになった。
その様子はさながら鮮度の良いアジのようだ。
そんな奇怪な体勢になった九尾の狐だが、手足だけは相変わらずじたばたと動かして暴れている。
綾斗が口を開いた。
「とりあえず何が起こるかわからんから、ハチを見つけたら即座に逃げるぞ」
「わかったぞい」
そういった瞬間、驚いたことに九尾の狐がまるで火が燃え尽きるように掻き消えた。
『……は?』
全員の声が一致する。
そして困惑していると、森のほうから何かが駆けて来るのが見えた。
サキが大声を出す。
「あ! ハチちゃんなの! あれ? でも何か咥えてるの!」
「本当だな。あれは……狐、か?」
ハチは狐を咥えたまま、尻尾を激しく振って駆けている。
対してその狐は体をピンと真っ直ぐにさせながらも、自由に動かせる手足をじたばたと必死に動かしている。
そして叫んでいた。
「嫌じゃー! 食われとうないんじゃ! わちきは美味しくないんじゃー!」
それを見て綾斗達は呆然とする。
するとハチが彼らの前までやって来た。
狐が綾斗に気づいて口を開く。
「はっ! お主は怪しげな術を使う男!? もしやこの犬を使ってわちきを追い掛け回したのはお主なのじゃな! 残念じゃがわちきは食ろうても美味しくないぞ!」
「……いや、そんなつもり一切無いし。てか尻尾が九本あるけど、もしかしてお前、九尾の狐か?」
綾斗がそう言うと、九尾の狐はビクリと体を震わせた。
「ふ、ふん! いかにも、わちきが九尾の狐じゃ! こうして会えたことを感謝するんじゃな!」
ハチに咥えられたままにも関わらず、僅かに胸を逸らして威厳を見せようとする九尾の狐。
すると咥えた感じが悪くなったのか、ハチが僅かに顎に力を込めた。
「わう」
「ぎゃあああああ! 今この犬が噛んだのじゃ! 歯がグイッて食い込んだのじゃあ!」
再び体をピンと真っ直ぐにし、手足を暴れさせる九尾の狐。
そんな彼女を見ながら綾斗とぬらりひょんは話をしていた。
「こいつが九尾の狐だそうだぞ。ひょん爺が言ってた、見上げるほどでかいってのは、さっき消えた奴のことじゃねえか?」
「そうじゃと思うのじゃが、それなら一体あのでかい九尾の狐は何じゃったのかのう? 九尾の狐や、聞いておるか?」
ぬらりひょんがそう聞くと、九尾の狐は思い出したように暴れるのをやめ、再び胸を逸らしながら口を開いた。
「あれはわちきが作った幻影じゃ! あれでこの里に住む者達を驚かそうとしたのじゃ!」
すると再びハチが顎に力を込める。
「わう」
「ぎゃあああああ! また噛んだのじゃ! わちきは美味しくないって言ってるのじゃあ!」
悲鳴を上げる九尾の狐。
そんな彼女に対して、綾斗は質問を投げかける。
「なんで驚かそうとしたんだ? 俺達がお前の縄張りの木を勝手に取ったからか?」
その言葉を聞いたぬらりひょん達の顔が僅かに引きつる。
九尾の狐が口を開いた。
「それもあるが……一番は嫉妬じゃ」
「嫉妬?」
「そうじゃ。わちきはかつて、妖怪と人間が共に暮らせる場所を作ろうと思っておったのじゃ」
九尾の狐が自らの過去を語る。
かつて妖怪と人間が共に住む場所を作ろうと苦心していたこと、人間に襲われて何度も逃げたこと、安部清明が唯一自分のことを理解してくれ、一緒にこの地まで逃げたこと。
九尾の狐は全てを赤裸々に語った。
そして彼女は最後に懇願するように口を開く。
「だからのお、わちきもこの里に住まわせてくれんか? 驚かせたことは謝るから、この通りじゃ」
そういって九尾の狐は頭を下げる。
それに対して綾斗は少し考えた後、答えを出した。
「そういうことなら構わない。今まで誤解していて悪かったな。それに、そもそも俺らだってお前の縄張りを勝手に荒らしたんだ。謝る必要は無い。ひょん爺達もいいだろ?」
綾斗がぬらりひょん達に話を投げると、彼らは様々な反応を見せた。
頷くものもいれば、眉を寄せて考え込むものもいる。
彼らは九尾の狐に対して、本当に悪さはしていないのか、など様々な質問をした。
それらに対して九尾の狐は一つずつ真摯に答えていく。
やがて彼女は嘘をついておらず、悪い妖怪ではないと誰もが思うようになった頃、全員が彼女を里に住まわせることに承諾した。
綾斗が口を開く。
「なら今までの誤解も解けたことだし、九尾の狐の歓迎会でもするとするか! 調味料もいっぱい買ってきたしな!」
●五平視点
綾斗が倉之助と接触してから一ヶ月が過ぎた。
寒さが一段と強くなり、秋の終わりを感じさせる。
五平は夜分遅くにやってきた侍達を接待した。
そして彼らが眠った後、書斎に篭り、侍達が届けてくれた小包を開く。
その中には小判が入っており、五平は思わず顔をにやけさせた。
「倉之助殿に言われたとおり、回収場所を変えたから上手くいったようだな」
そう呟きながら次に一緒に届けられた手紙を開く。
「やはり侍達が来たのは、次の捨て人を回収させるためか。それなら準備をしなければな」
五平は黒い笑みを浮かべながら、次の捨て人を誰にするのか考え始めた。
●捨て人視点
村から捨てられ、侍達に連れて行かれた村人達は薄暗い牢獄に入れられていた。
そこには自分達の他に赤い着物を着たやつれた人々がおり、皆絶望したような顔をしている。
一人の村人が呟いた。
「俺たち、これからどうなるんだろうな……」




