2話 川にて
◆綾斗視点
どんよりとした雲が東に流れ、視界が明るく色づく。
露が至る所で光を反射し、上から下まで辺り一面が宝石で飾られているようだ。
爽やかな風が吹き、周りの木々が枝をこすり合わせている。
二人は泥だらけの服を洗うために川に向かって歩いていた。
「この森に詳しいの?」
「いや、そんなことはない。数時間前……あー数刻前に川にいたんだよ」
「そうなの。村ではこの森に入るのは禁止されているから、あたしはよくしらないの」
「そうなのか」
少女の名前はサキという。
彼女曰く、歳は八つで、五歳のころに父は病死し、母は村から捨てられた。
それから親戚の家に預けられていたが、年貢を納め続けることが困難になり、日々の食事をするのでさえ難しくなった。
結果、食い扶持を減らすために捨てられた。
それが昨日のことらしい。
そして絶望して自殺しようとしていたところを綾斗に助けられたのだとか。
「次はあなたのことも教えてほしいの!」
「わかったよ。俺の名前は須王綾斗。16歳だ。趣味は料理と柔道でーー」
「ええ!? 苗字を名乗れるの!? もしかしてあなたはお侍様なの!?」
「あー、たしか江戸時代の農民は苗字を名乗れなかったんだっけ。まいっか。俺は侍なんかじゃねえよ。普通の高校生だ」
「こうこうせい?」
「あー、そこから説明しなきゃならないのか……。煩わしいな」
元の時代と江戸時代の常識の違いにげんなりする綾斗。
そこで彼は打ち明けることにした。
「俺は未来から来た人間なんだ。今からざっと460年後、西暦2120年から来た」
「へ?」
「ま、どうやってこの時代に来たのかは分からないんだけどな。理解できたか?」
「ふええ?」
ちらりとサキの様子をうかがう綾斗。
しかし彼女の頭にはハテナマークがいくつも浮かんでいる。
タイムスリップしたなどと荒唐無稽な話、当の本人である綾斗でさえ信じがたいのだ。
彼女が信じてくれるかは微妙なところである。
(ま、信じなくても別にいいか)
「なにか質問とかあるか?」
「んー、わかったような、わからないような……。とにかくあなたはバテレンじゃないってことはわかったなの!」
「バテレン? なんでそうなるんだ?」
「珍しい服を着ているからなの!」
「ああ、なるほど。って、そういう風に俺のことを見てたのか」
サキは鮮やかな赤の着物を着ているのに対して、綾斗は元の時代の格好をしている。
この時代の人間からしてみれば彼の恰好は非常に珍しい。
そのため外国から来た者だと思われても仕方ないかもしれない。
「後は、なんでほっぺに傷があるのか気になるの!」
「ああ、これか? これは……ま、ちょっといろいろあったんだ。他には何かあるか?」
「んー、それなら未来はどうなっているか教えてほしいの!」
「いいぞ。とはいってもどこから話そうか」
そんな事を喋りながら、しばらく歩いていくと陽光に照らされている川が見えてきた。
「わあ! 大きな川なの!」
サキは笑顔を浮かべて川の傍に行き、キャッキャと水遊びを始めた。
それに対して綾斗は河原を歩いて辺りを見回し、何かを探している。
「はあ……。やっぱり全部流されてるか……」
あきらめたようにため息をつく綾斗。
するとサキが突如大声を上げた。
「わ! なんなの、これ! 重いの!」
「ん? どうした?」
「川の中に箱が落ちてるの! 重いから手伝ってほしいの!」
「箱? って、まさか!?」
河原から見れば川面が反射してよく見えない。
だがそれでもサキが持ち上げようとしている物が明るい黄色をしているのは確認できた。
綾斗は思わず彼女の下に駆け寄り、それをしっかりと確認する。
「間違いない! 万能工具じゃねえか! よくみつけたな! ありがとう! 本当にありがとう!」
「へ? これが何か知ってるの?」
「知ってるも何も、これは俺が持ってきた物だからな」
満面の笑みで綾斗は箱を持ち上げ河原に持っていく。
そして箱についている液晶パネルにパスコードを入力する。
するとプシュ! という音と共に蓋がひとりでに開いた。
「これが工具なの? 鉄の棒みたいなの!」
「見た目はそうだな。だけどここにあるボタンを押すと……」
「わあっ! 形が変わったの!」
綾斗がボタンを押すと、瞬く間に棒状だったものがチェーンソーの形に変わった。
サキはそれに興味を示したようで、目を輝かせている。
「ここを持って……このボタンを押してみろ」
「いいの!?」
「ああ。だけど気をつけろよ」
「うん! ありがとうなの!」
それからサキは万能工具の変形機能で満足するまで遊んだ。
「楽しかったの! ありがとうなの!」
そう言ってサキは綾斗に万能工具を返した。
「よし、壊れてないみたいだな。これなら生活するのがずっと楽になるぞ!」
「そうなの? それはうれしいの! でもなんでそんなものがここにあったなの?」
「さっき川の近くにいたって言ったろ。その時はキャンプ……あー、野営の準備をしてたんだが、さっきの豪雨で川が増水して殆どの荷物が流されてしまってな。でもこれはそこまで流されなかったみたいだ」
「そうだったの……。でもそれなら川をくだって行けば流されたものが見つかるかもしれないなの!」
「そうだな。川に沿って行けば森の中で迷う心配もないし、そうするか」
「うん!」
それから二人は泥だらけの服を洗い、川下に向かう。
強い日差しのおかげで二人の服はすぐに乾いた。
注意深く辺りを見回して綾斗の荷物を探しながら歩く。
しかし綾斗の荷物は見つからなかった。
やがて陽が山の影に隠れ始める。
底まで見えていた川は煌めきをなくし、濃紺色に変化する。
視界は再び陰り、暗闇が辺りに漂ってゆく。
「今日はここまでにするか。あの木の下で休むことにしよう」
「わかったなの!」
川から少し離れた場所にある大木の下にいく。
そこなら先ほどのような豪雨になっても増水した川に呑まれることもない。
すると不意に前方の茂みから足音が聞こえてきた。
二人は足を止めて警戒する。
(人間か? 動物か? 熊とかだったら最悪だな)
足音は二人の方に向かって近づいてくる。
綾斗はすぐに取り出しやすいようにベルトに挟んでいた万能工具を手にとった。
するとその瞬間、茂みから何かが飛び出してきた。
暗闇でよく見えないが、四足の獣であることはわかる。
それは瞬く間に彼らに肉薄し、飛び掛かった。
「くそっ!」
「きゃっ!」
咄嗟にサキの後ろ首を掴んでその場から逃げる綾斗。
しかし彼らがいた場所に着地したその獣は、すぐさまもう一度彼らに向かって飛び掛かった。
(避けきれない!)
「逃げろ!」
「きゃあ!?」
綾斗はサキをできるだけ遠くに投げる。
そして飛び掛かってきた獣を真正面から受け止めた。
しかし獣の勢いが強すぎて尻餅をついてしまう。
(でかい! なんだこいつは!?)
サキの身長ぐらいはありそうだ。
それほどの獣に乗られて綾斗の背筋に悪寒が走る。
するとその瞬間、獣が声を発した。
「くぅ~ん」
「な、なんだ!? 犬か!?」
しきりに甘い声を出して綾斗の顔を舐めるその獣は犬だった。
ゴールデンレトリバーのようだ。
機嫌がいいのか激しく尻尾を振り、体を擦り付けている。
「うぅ、痛いの。……って、狼なの! 綾斗さんが食べられてるの!」
「食べられてねえよ! めちゃくちゃ舐められているだけだ! あと、こいつは狼じゃなくて犬だ!」
「へ? 犬なの? でもそんな犬、見たことないなの!」
「そうなのか? ゴールデンレトリバーは有名だと思うんだが……。もしかしてこの時代にはいないのか?」
すると同じ方向から再び足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
音の間隔が違うため犬ではないことは分かる。
綾斗はなんとか犬の束縛から逃れ、そちらに向き直った。
すると今度は人間が現れた。
「ハチ、こんなところにいたでござるか。急に駆け出さないでほしいでござる」




