表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/55

11話 老婆の目覚め

「姉さん、わかったよ!」


 チュウキチの言葉を聞いたキチは壺を持って素早く出て行った。

 サキも荷車に向かって走る。

 荷車の上には綾斗とぬらりひょんとハチがいた。

 綾斗はそばに来たキチに何かを矢継ぎ早に説明しており、それを聞いたキチは忙しなく手を動かしている。

 どうやら怪我人は荷車に寝かされているらしい。

 サキは荷車に駆け寄る。


「綾斗さん! 誰が怪我したなの!? 大丈夫なの!?」

「サキ!? 丁度良かった! すぐに来てくれ!」

「分かったなの!」


 荷車に駆け寄り、綾斗の手を借りて乗り込む。

 するとそこには赤い着物を着た老婆と二人の子供がいた。

 三人とも手足が細く、頬が痩け、土色の肌をしている。


「たしかサキの村では捨て人の餞別に赤い着物を渡す風習があるって言ってたよな? この三人に見覚えはないか?」


 サキはそんな三人を見た瞬間、最後に見た彼女らの姿とあまりにも違うため、言葉を失った。


「……」

「ツツジの大木を探していたら急にハチが呼んできてな。付いていったら川原に倒れていた」

「……間違いないの。ウメさんにハナちゃん、勘衛門君なの! 綾斗さん! 絶対に三人を助けて欲しいの! 三人はあたしがいた村の人達なの!」


 サキは目尻に涙を浮かべ、綾人にしがみつく。

 するとそこで騒ぎを聞きつけた者達がやってきた。

 その中にいた半蔵が荷車を覗いて驚いた声を出す。


「ぬぁ!? この老婆……!」


 彼の言葉はその場にいた全員の耳に入った。

 ぬらりひょんが代表して口を開く。


「どうしたんじゃ、半蔵。この者達を知っておるのか?」

「知っているも何も、この老婆は拙者をいきなり殺そうとした連中の一人でござる!」


 半蔵は憎々しげにそう言って、ウメとその村の人間に何をされたかを語る。

 そして最後にこう言った。


「子供達はともかく、その老婆は里に入れるべきではないでござる! 何をするか分かったものではないでござる!」


 それを聞いた妖怪達は驚いた顔をした。

 サキもその話を聞いたのは初めてであり、彼女は動揺しながらも口を開いた。


「は、はんぞーさんを殺そうとしたのはきっと何かの間違いなの! だってあたしのおとうさんとおかあさんが居なくなってからもウメさんはあたしを引取って育ててくれたなの!」


 涙を零れさせながら必死にそう言うサキ。

 すると彼女のそばから声が発せられた。


「いや、半蔵の言葉は本当だと思うぞ」

「へ?」


 サキが顔を見上げると、そこには冷たい目でウメを見ている綾斗がいた。


「俺もこの婆さんに鎌で襲われたからな。おかげでこの様だ」


 彼は右頬に残っている傷跡を皆に見せる。

 そしてその傷ができた経緯を話し出した。

 サキはポロポロと大粒の涙をこぼしながら、綾斗の顔を見た。

 しかし彼の目は冷たく、とてもウメを助けてくれるとは思えない。

 すると再び綾斗が口を開いた。


「だがまあ、それでもこの婆さんを里から追い出していい理由にはならねえよ。人間も妖怪も関係なく、見捨てていい命なんてこの世に一つもねえんだ。じゃなきゃ、ダイキチを呼んでこの婆さんをここまで運んできてねえ」


 綾斗はそういってサキを安心させるように彼女の頭を撫でた。

 すると半蔵が口を開く。


「綾斗殿の言葉には賛成したいでござるが、その老婆が拙者達を襲ったのは事実でござるよ」

「そうだな。だからこの老婆が回復したら、この里のために一生働いてもらえばいい。死んで終わりってだけで許せるもんでもねえだろ? それにそっちの方が里の利益にもなる」


 綾斗はもう一度ウメを見る。


「この婆さんは皆で監視すれば良い。ひょん爺達なら負けるはずがないし、俺と半蔵だって武術の心得があるからな。それにこの婆さんは一人になったサキを引き取ってたんだ。本当は悪い奴なんかじゃないだろうよ」


 それから三人は綾斗とサキの家に運び込まれた。


●侍視点


 月は厚い雲に隠れ、辺りには怪しげな風が吹いている。

 そんな中、提灯をつけながら一人の侍がため息を吐く。


「はあ、村人達に見つからないためとはいえ、深夜に出るのはどうにかならないのか」

「仕方ないだろ。これがばれたら俺達の首は確実に飛ぶんだからな」


 そうして小声で愚痴を言いつつも、侍達は五平の家を出て森に入った。

 しばらくの間彼らは森の中を探索する。

 しかし夜闇の中でも目印になる赤い着物を着た捨て人は見つからない。

 やがて彼らが苛々とし始めた頃、目の前に川が現れた。


「ちっ、もうここまで来たか」

「捨て人ならこっから先に行くのは余程体力のあるやつしかいない。今回の捨て人は婆さんと子供だからこの先にはいないな。引き返すか」


 すると一人の侍が立ち止まり、提灯を下げた。


「おい、これを見てみろよ。人が倒れた痕跡があるぞ!」

「何!?」


 侍達は明るく照らされた地面を凝視する。


「確かに人が倒れた跡だ。この辺りに他の痕跡はないか!?」


 侍達は各々の提灯を下げてその辺りを見て回った。


「おい、こっちに足を引きずった跡があるぞ! 川下に向かってる!」

「本当か!? それならそれを辿っていけば……」


●綾斗の館にて


 サキとキチはウメ達を付きっきりで看病している。


「キチ君、ウメさん達は助かるの?」

「うん。今は気を失っているけど、死なないよ。ご飯を食べれば元気になると思う」

「良かったなの……」


 キチの言葉を聞いて、サキは安堵の息を吐く。


「キチ君のお薬ですぐに治せたりはしないの?」

「うん。僕の薬は病気や怪我には効くけど、この人達はご飯を食べていなくて倒れただけだから」


 するとウメから声が発せられた。


「う、うぅ……」

「ウメさん!? 目が覚めたなの!?」

「あれ、サキちゃん……? そうかい、あたしゃ死んじまったんだねぇ……」


 サキの顔を見て嬉しそうにしながらも、どこか寂しそうな顔をするウメ。

 そんな彼女にサキは嬉しそうな顔をした。


「ウメさんは死んでないの! ハナちゃんも勘衛門君も、綾斗さん達が助けてくれたなの!」

「綾斗さん……? 誰だいそりゃあ? それにここはどこなんだい?」


 ウメはそう言いながら部屋を見回す。

 すると部屋の中にキチがおり、ハナの首筋に触れているのを見つけた。

 その様子はウメから見たら巨大な化け物が今にもハナを取って食おうとしているようである。

 彼女は驚くよりも先に飛び起きて、キチに勢いよく掴みかかる。


「この化け物め! ハナに触るんじゃないよ!」

「わあ!? な、何なのさ!?」


 キチはウメに驚いたようだが、人間より遥かに力が強いため、軽々と彼女の拘束を振りほどいた。

 そして彼はウメから離れ、警戒する。

 すると再びウメが叫んだ。


「どっか行きな、化け物! 二度と姿を表すんじゃないよ!」

「そ、そんな……」


 先程までウメを手厚く看護していたキチは、頭を殴られたように感じたようだ。

 サキは慌ててキチの傍に行き、ウメに向かって叫ぶ。


「ウメさん! キチ君はずっと三人の看病をしてくれていたなの! 悪い子じゃないの!」

「サキちゃん、こっちに来な! 危ないよ!」

「危なくないの! 良い子なの!」


 すると部屋の扉が開き、綾斗がお盆に土鍋を乗せて現れた。


「騒がしいな。なんだ、婆さん起きたのか」

「あ、あんたは、あの時のバテレンじゃないか……」

「バテレンじゃねえよ。それで容態はどうなんだ、キチ。動いて大丈夫なのか?」


 綾斗がキチに顔を向ける。

 すると彼はキチの様子がおかしい事に気がついた。


「おい、キチ。どうしたんだ? 何故泣いてる」

「うっぐ、ひっぐ……このお婆さんが、僕のことをどっか行けって言ったんだ……酷いよ……」

「……あー、そうなのか」


 綾斗はとりあえずそう言ったものの、たしかに目が覚めたら部屋の中に化け物がいるって状況は驚くだろう、と思った。


「婆さん、こいつはキチって言って、この里の医者だ。婆さん達を今まで看病していたのもこいつなんだ」

「ふん! 化け物と知り合いのバテレンの言うことなんか信じられるかい!」


 ウメは依然寝ているハナと勘衛門を背後にしたまま警戒している。

 そんな彼女に説明しても無駄だと思い、綾斗は次にキチに話しかけた。


「キチも泣くなよ。人間なら誰だって妖怪を見れば驚いて、身の危険を感じるはずだ。婆さんがそう言ったのも仕方ないと分かってくれ」

「うっぐ、ひっぐ……綾斗さんがそう言うなら、分かったよ……」


 そう言ってキチは泣き止んだ。

 すると部屋の外からぬらりひょんとハチの声が聞こえてきた。


「わん!」 

「む? この部屋かの? この部屋はサキちゃんの知り合いが寝てる部屋じゃぞ?」

「わんわん!」

「入りたいのかの? じゃが今入るのはのう……」


 一人と一匹は扉の前にいるようだ。

 綾斗は扉を開けた。


「ひょん爺、丁度良かった。婆さんを説得してくれ」

「む? そうか。それなら失礼するぞい」


 ぬらりひょんが部屋に入り、それに続いてハチも入る。

 するとウメの目がハチを捉え、大きく見開かれた。


「お、お犬様……!?」

「わん!」


 ウメの眦から大玉の涙が溢れ出す。

 彼女は跪いて頭を垂れた。


「あぁ……あぁ……お犬様、どうか、どうか孫達をお救い下さい……」


 それに対して何故かハチは得意げに顔を上げた。


「わふっ」


 するとそこで綾斗から何があったのか聞かされたぬらりひょんが口を開いた。


「なるほどのう。ま、ワシらは妖怪じゃからの。ウメさんがそう思うのも仕方ないわい」


 そしてぬらりひょんは未だに頭を垂れてハチに祈っているウメに近寄った。


「ほれ、あんたも顔を上げんか。この子はハチと言ってこの里で飼っている犬じゃ。とても利口な犬じゃが、お主の孫達を助けることができるのはここにおるキチじゃ」

「そうなのかい……? ところで、あんたは……?」


 ウメはぬらりひょんの言葉に素直に耳を貸した。

 そこに警戒心はない。

 ぬらりひょんは人懐っこそうな笑顔を浮かべて口を開いた。


「おお、そうじゃった。自己紹介がまだじゃったのう。ワシはぬらりひょんじゃ。気軽にひょん爺とよんでくれい」

「ぬらりひょん……。もしかして妖怪ぬらりひょんのことかい?」

「ほっほっほ。そうじゃよ」


 その言葉に驚きを見せるウメ。

 しかしそれでも警戒している様子はない。

 純粋に驚いているだけのようだ。

 そんな二人の様子を見て、綾斗はぬらりひょんのことを見事だと思った。


(さすがひょん爺だ。何百年も初対面の人間の家に上がりこんでいるだけのことはあるな。一瞬で婆さんと打ち解けてみせた)


 ぬらりひょんとウメは親しげに話している。


「まあ、今詳しい説明をするのは後でいいじゃろ。先に飯を食べんか? そこにおる綾斗が作った料理は美味いぞい」

「いいのかい? だってあのバテレンはあたしが……」

「ああ、聞いておるよ。なんでもお主は綾斗を殺そうとしたらしいのう。その話も食べながら詳しく聞かせてくれんか?」

「……分かったよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ