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10話 三人の捨て人

●ウメ視点


 森の南にある村の名主、つまり村長である五平は老婆と二人の子供に赤い着物を渡した。

 そして冷えきった声で言い放つ。


「ウメさん、ハナちゃん、勘衛門君、ごめんね」


 人を見る目ではない。

 そんなことを考えながらウメと呼ばれた老婆は寂しそうな目をして口を開いた。


「食い扶持を減らすためだろう?」

「そうだよ。ウメさんはさすが長生きしてるだけあるね」

「そりゃあ伊達にこの村のために長いこと生きてこなかったからねえ。でもこれも決まり事だからねえ……。仕方ない。ほら、ハナ、勘衛門、行くよ」


 ウメは二人の子供の手を引いて立ち上がり、五平の家を出た。

 空は雲に覆われており、夕方であることも相まって薄暗い。

 そんな中、ハナと呼ばれた女の子が満面の笑みを見せた。


「この着物、つぎはぎじゃないよ! はじめて見た!」


 勘兵衛と呼ばれた男の子も笑いながら口を開く。


「いつもきてる着物よりもきれいだ! ぜんぜんよごれてない!」


 二人はまだ六つになったばかりであり、赤い着物を渡されるのがどういう意味を持つのか知らない。

 そのため新しい着物を貰えて二人は非常に嬉しそうにしている。

 ウメはそんな二人を複雑そうな顔で見ていた。



 翌日、どんよりとした雲が空を覆っている。

 そんな中、赤い着物を着た三人は村を出た。

 彼女達に話しかける村人はいない。

 皆米の収穫が終わり、家で竹籠や草履など副収入になるものを作っているのだろう。

 この村は常に飢えており、今年は特に貧しい。


「昔はそんなことなかったんだけどねえ」


 村の出口に立ってポツリとそう呟く。

 すると手をつないでいたハナが口を開いた。


「おばあちゃん、どこいくの?」

「ん? そうだねえ、どこに行こうかねえ……」


 行く場所は決まっている。

 しかしまだ子供達には明かさない方がいいだろう。

 森に向かって歩く。

 しばらくすると勘衛門が先に感づいたようだ。


「ばあちゃん、もしかして森に行くの?」

「……そうだよ」

「でも、あそこは入っちゃいけないんでしょ?」

「……そうだっけねえ」


 首をかしげてわざと惚けるような仕草をするウメ。

 するとハナが立ち止まり、叫んだ。


「いやだ! あの森怖いもん! 行きたくない!」

「大丈夫だよ、ばあちゃんがいるからねえ」

「でもあの森には妖怪がいるんでしょ!? サキお姉ちゃんもあそこに行って、かえってこなかったもん! 帰ろうよ!」


 ハナはウメの手を必死に引っ張る。

 その様子を見たウメは心が痛んだ。

 しかしそれを表情に出すことなく、安心させるような笑顔を見せてしゃがむ。

 孫達と目線が合った。


「この森には妖怪なんていやしない。黄金のお犬様がいるんだよ。あたしゃそれをこの目で見た。大層美しい毛並みに立派な体躯をしていらっしゃった。あんた達にもお犬様に会わせたくてねえ。これから探しに行こうと思うんだ。どうだい? 見たくないかい?」


 それを聞いたハナは迷っているようだ。

 ウメの手を掴んだまま考え込んでいる。

 すると勘衛門が先に口を開いた。


「見たい! おうごんのお犬さま、見てみたい!」

「そうだろう? 勘衛門はこう言ってるけど、ハナも一緒に行かないかい?」


 ウメが優しい声でそう言った。

 するとハナは安心したのか、小さく首を縦に振った。



 ウメは二度、黄金の犬に会ったことがある。

 三週間前、雨の日のことだ。

 一人の奇妙な男が家を訪ねて来た。


「雨宿りをさせてくれ」


 背は高く、ちょんまげではない。

 加えて奇妙な服を着ていたため、バテレンだろうとウメは思った。


(金をたんまりと持っていそうだねえ)


 二人の孫と村人たちを笑顔にさせる絵が頭に浮かぶ。

 ウメは雨音に負けない程の大声で近所の家々に向かって叫んだ。


「皆! バテレンだよ! こっちに来ておくれ!」

「は?」


 そしてそばにあった鎌を掴み、下から上へ勢いよく振り上げた。


「危ねえ!」

「ちぃ、避けられたかい」

「掠ったじゃねえか! 何するんだ!?」

「うっさい! 死になあ!」


 鎌を振り下ろす。

 しかしバテレンは今度は余裕を持って避けた。

 繰り返し鎌を振るうウメ。

 だが全て避けられる。

 すると他の村人達が駆けつけて来るのが見えた。

 バテレンもそれに気づいたようだ。


「ちっ、アイツらも鍬や鎌を持ってやがる。とっ捕まえて警察に突き出したいが、逃げるしかねえか」


 バテレンはそう呟くと背を向け、森に向かって逃げ出した。

 その足はとても早く、ウメではとても追いつけそうにない。

 すると村人たちがやってきた。


「ウメさん! バテレンは!?」

「森の方に逃げたよ! 金をたんまり持っていそうだった! すぐに追いかけておくれ!」

「そうか! おい、皆行くぞ!」


 村人たちがバテレンを追いかける。

 するとそれを阻むかのようにどこからか黄金の犬がやってきた。

 威圧感の籠った声を発しながら、村人たちに襲いかかる。


「グルルルルルァァァ!」

「うわぁ! なんだこいつ!?」

「鎌が刺さらない!? どうなってんだ!?」

「逃げろ! 食われるぞ!」


 黄金の犬は縦横無尽に動き回り、村人たちを翻弄する。

 そして大きく口を開けては威嚇を繰り返し、彼らに恐怖を植え付けてどこかへ行った。

 後に残ったのはウメを含め、腰を抜かした村人達だった。



 二度目は別の日の夜だった。

 その日も雨が降っていたのを覚えている。

 突如村中に響き渡る程の大声が聞こえ、ウメは目を覚ました。


「忍者だ! 皆起きろ! すぐに来てくれ!」


 忍者ならば金を持っているだろう。

 そう判断したから村人は大声で呼んだのだ。

 瞬時にそう理解したウメはハナと勘衛門を起こさないようにドアを素早く開け、鎌を手にして外に出た。

 明かりはなく、見通しが悪かったが、すぐさま忍者がいる場所を突き止め、先に来ていた村人たちと合流した。


「いきなりなんでござるか!?」

「皆、こいつをやっちまえ! 囲むんだ!」

「おおよ!」

「くっ、逃げ場がないでござる!」


 完全に忍者を包囲した村人達。

 しかし次の瞬間、黄金の犬があの時と同じようにどこからともなく現れ、村人達に襲い掛かった。


「グルルルルァァァ!」

「ひぃ! やめろぉ!」

「こっちにくるなぁ!」

「うわああああ!」


 既に黄金の犬の強さを知っている村人達はくもの子を散らすように逃げ出す。

 しかしウメは腰を抜かしてしまい地面にへたりこんで動けない。

 恐怖に染まったかすれ声が喉からでる。


「ひっ、ひぃ!」


 すると忍者が困惑した様子で言葉を発した。


「こ、この犬は一体なんでござる……? 拙者を助けてくれたのでござるか……?」

「わん!」

「頷いたでござる!? なんと利口な犬でござろうか……。とにかく今は逃げるでござる。犬殿、感謝するでござる!」


 そう言って忍者は森に向かって駆け出した。

 すると犬がその後を追う。


「わんわん!」

「む? もしかして付いて来るのでござるか?」

「わん」

「そうでござるか! では一緒に行くでござる!」

「わん!」


 忍者と犬はあっという間に闇に姿を消して行った。


「……助かったのかい?」


 ポツリと呟くウメ。

 すると極度の緊張が切れたからか、彼女は意識を失った。



 景色がぼんやりとする中、自分の体を誰かが引っ張っているのが分かる。

 視界の隅に黄金の体毛が映り、それと共に声が聞こえてきた。


「わふっ」


 その声はとても柔らかく、ウメの心を暖かくしてくれる。

 彼女の意識はゆっくりと閉ざされた。




「うぅ……。あれ、あたしは確か外にいたはず……」


 目が覚めると家の中にいた。

 まだ太陽は出ていないが、窓の外を見るともうすぐ昇ってきそうだ。

 誰がここに運んでくれたのかは分からないが、もしあのまま外にいたら死んでいたかもしれない。

 家の中に目を向ける。

 窓から朝日が差し込み、家全体を明るく照らす。

 床に黄金の毛が落ちており、明るく輝いていた。 




 ウメたちが森の中に入って数時間がたった。

 川を見つけると、川下から声が聞こえてきた。


「わん!」


 そちらを見る。

 しかし何も無い。

 だがそれはまぎれもない黄金の犬の声だった。


「あっちに行こうかねえ」


 それから数日がたった。

 食料はなく、黄金の犬の姿も見当たらない。

 凍りつくほど冷たい川の水で腹を膨らませてごまかすのが精一杯だ。

 ハナと勘衛門は既に歩く気力も、話す気力も失っている。

 そんな二人を両手で抱えながら、彼女は足を進めた。


「ハナ、勘衛門、大丈夫だよ。ばあちゃんが黄金のお犬様を見つけて、助けてもらえるように頼むからねえ」


 時折小さく呟いて、孫だけでなく自身も奮い立たせる。

 しかしウメの体力は既に限界を超えており、何度も地面に倒れた。

 だがその度に黄金の犬の声が川下のほうから聞こえた。

 彼女は立ち上がり、摺り足になりながらも前へ進む。

 すると遠くから犬の鳴き声が聞こえた。


「わん!」


 そちらに顔を向ける。

 するとそこにはかつて見た黄金の犬がいた。


「あぁ……お犬様……」


 足を止め、涙を流すウメ。

 そしてかすれた声を出した。


「どうか……孫……を……」


 しかしウメはそこで意識を失い、地面に倒れた。


◆綾斗とサキ視点


 草原に来てから三週間が過ぎた。

 やわらかく輝く陽光が天高く降り注ぐ。

 綾斗とサキは辺りを見渡しながら感慨深げに呟いた。


「ここに来たばかりの頃と比べると、ずいぶんと変わったよなあ」

「うん! ひょん爺ちゃん達が引っ越してきてくれたおかげなの!」


 辺りには何軒も家が建っており、小さな畑まである。

 それに加えて一反木綿の服飾場や一本だたらの鍛冶場、河童と半蔵とハチが手に入れてきた獲物を燻製させる燻製小屋まである。

 もはや里といってもよい。


「本当にそうだよなあ。おかげで俺も立派な家までもらっちまったし」


 綾斗は我が家となった家に手を置いてしみじみと言う。

 綾斗の家は里で一番大きい。

 豪邸と言ってもいいかもしれない。

 普段はサキとぬらりひょんと三人で住んでおり、掃除や家事などは妖怪達が手伝ってくれているのだ。

 しかしそれだけ大きい家をぬりかべが作ったのには当然訳がある。

 食堂と調理場、食材の保管部屋が家の半分を占めていると言えばその訳が分かるだろう。

 するとぬらりひょんがやってきた。


「ほっほっほ。気にすることないぞい。ワシらも綾斗の料理を満足するまで食べれるんじゃからな。それよりチュウキチを見んかったか?」

「チュウキチは荷車を持ったダイキチと森に行って木を切ってると思うぞ。薪を集めるらしい。何かあったのか?」

「なに、もうそろそろ新しい箸を作ってもらおうと思っただけじゃ。最近は引越しやら家作りやらで忙しかったが、ようやく落ち着いてきたからのう」


 ぬらりひょんは里全体を見渡しながらそういった。


「衣食住が全てそろったからな。九尾の狐が怒らない限り安定した暮らしが送れるぞ」

「ほっほっほ。600年間九尾の狐とは諍いがなかったんじゃ。大丈夫じゃろうて」

「木材を全て九尾の狐の縄張りから調達していてもか?」

「大丈夫じゃて。ほっほっほ」


 ぬらりひょんは朗らかに笑いチュウキチのところに行った。


「それじゃあ俺はツツジの大木を探してくるよ」


 ツツジの木の下には平家の埋蔵金が埋まっているらしいが、この辺りはツツジがたくさん生えている。

 しかしツツジといっても彼が探しているのは5、600年程前から生えているツツジの木である。

 ならばその木は大木に違いない、と考えた。

 そこで彼は手が空いている時間にスマートバンドでツツジの樹齢を一本ずつ調べ、それを探しているのだ。

 するとサキが口を開いた。


「今日も行くの? あたしも手伝うなの!」

「それはありがたいが、サキはまだ小さいからな。もう少し大きくなったら頼むよ」

「むー、わかったの」


 それから綾斗は一本だたらが作ったシャベルを持って森に行った。


「綾斗さんもいっちゃったし、今日は何をしようかな、なの」


 一人残されたサキは里の中を歩きながら考える。


「いつもはひょん爺ちゃんと遊んでいたけど、用事があるみたいだし、邪魔しちゃ悪いなの」


 それから彼女は一人で里の中をのんびり散歩する。

 やがて太陽が傾き、空が赤らんできた頃。

 馬車を引く音が聞こえてきた。

 そちらを見るとダイキチが急いだ様子で荷車を運んでおり、そばにチュウキチが走っている。

 すると彼らはキチの家の前に止まった。

 チュウキチが戸を開け、中に向かって大声を出す。


「キチ! けが人だよ! すぐに来ておくれ!」



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