外出②
翌朝、私服に身を包んだメルたちは食堂に集合した。
Tシャツにホットパンツで薄い胸と肉厚の太ももを強調する田中と、対照的に袋のようなチューブトップで大きめの乳房を積みつつも肩に羽織るケープとロングスカートがボディラインの露出を減らす鈴木。
一方のメルは白いブラウスにミドルのスカートと変哲のない格好で現れた。
普段は都内に住んでいると聞いていたことから「どのような流行ファッションでキメてくるのだろう」と勝手な期待をしていたふたりには少し肩透かしであろう。
だがこれから会いに行く人のことを考えると、ファッションに暗いほうがむしろ面白いのではないか。そう考えて服装についてふたりは口を出さなかった。
「いってきます」
朝食を終えると三人は街に繰り出した。
土井垣家前のバス停でバスにのって、地元の駅まで足を運ぶ。
この街は地方都市らしく自動車がないとなにかと不便も多いのだが、それでも駅前ともなればショッピングセンターを中心に商業施設には事欠かない。
最初に三人が向かった店は地元のファッションデザイナーが営む流行りのブティック「リリィ」だった。
「スゴい」
ファッションにあまり頓着しないメルの目で見ても、そのきらびやかな雰囲気の熱はそう言わざるをえなかった。
この店のオーナー兼デザイナー、関智はサトルの同級生で、高校を卒業してから二年弱の短期間に成功を納めた人物である。
もちろん本人の実力があってこそとは言え、一介の高校生では店を出すほどの資金力などあるはずもない。そんな彼にユーリが貯蓄していた大金を援助したことでこの店はうまく起動にのせることが出来た。店名のリリィもユーリの名を日本語の百合にとらえて着けた程である。
「お久しぶりだね。その子が例の新人かい?」
「関お兄さん、お疲れ様です」
「お兄さん?」
三人の姿を見て顔を出した関を兄と呼ぶ田中の反応にメルは小首を傾げてしまう。
「もちろん本当の兄弟と言うわけではないさ。だが僕も土井垣やユーリさんのお世話になっているからその流れでね」
移動中のバスで彼の経歴を軽く説明されていたのもあり、この言葉で田中が兄のように関を慕っているのであろうとメルも理解した。
「早速なんだけれど、お兄さんには彼女に見合う服を選んでもらいたいのよ」
「どれどれ」
田中が早速服装選びを関に頼むと、彼はふむふむと頷きながらメルを見つめた。
本音としては謙遜の意味で遠慮したいところなのだが、無下に断るのも無礼だと考えてメルは黙ってしまう。天才ファッションデザイナーの熱のある目線にさらされるのはどこか恥ずかしく、つい胸の奥がきゅんと反応してしまう。
しばらくするとスケッチブックと鉛筆を持ち出した関はさらさらと何かを描き始める。それが衣服のデザインであるとはメルにはわからない。
「こんな感じかな」
描き上がったデザインは簡潔に言えばワンピースである。
色の指定としてほとんど白に近い薄い藍で染めると書かれており、この色合いがデザインの肝に当たるようだ。
装飾品は白と桜色がグラデーションされたケープで、ふたつが組合わさることで青、赤、白と炎の色をイメージしていた。
また丈は膝上までとミニスカート風なうえ、腰回りもゆったりとしていて体を動かしやすいデザインに整っていた。メルはデザインセンスよりも動きやすそうだなと機能面をみて、思わず「いい」と呟いていた。
「気に入ってくれて何よりだ。でもこれは今考えたデザインだから当然ここにはない。出来上がったら届けてあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
「いいなあ、女鬼島さん。私だってまだお兄さんにデザインしてもらってないのに」
「拗ねないでおくれよ田中さん。キミのいま来ている服だって、僕が選んであげた奴じゃないか」
「それとこれとは別物よ」
「わかった、わかった。彼女のと一緒にキミにも一着用意しておくから」
「よし!」
その後、関の手を引いた田中と共に四人は昼食をかねて飲食店街に向かった。このモールには人気の蕎麦クレープ屋があり、メルは内心「それはガレットなのでは」と小首を傾げつつもその行列に並んだ。
昼食としては早い時間と言うこともあって手短に入店できた四人は各々好みのクレープを選んで注文する。田中はストロベリー&バニラアイスのクレープで、関は田中の選んだブルーベリー&チョコレートアイスのクレープ、そして鈴木はバナナ&メープルシロップ&カスタードのクレープを選んだ。
最後にメルだけは鴨肉のバラミストと鴨油のムースという、回りを見ても頼む人が少ないクレープを選んでいた。
「どう、お兄さん。私のと対になっているんだよそれ」
「赤いストロベリーに対して青いブルーベリー。白いバニラアイスに対して黒いチョコアイスか。たしかにそうだね」
「まるでカップルみたいだと思わない?」
「あまり浮かれすぎないでよね。きょうの目的はアンタのデートじゃなくて、女鬼島さんにこの街を案内することなんだから」
「気を使っていただかなくてもいいですよ。好きな人と一緒で浮かれてしまうのは当然でしょうし」
「いやいや、それがまず間違いよ。確かに田中さんは見てわかる通り関さんにぞっこんだけれど、別に恋人同士じゃないのよこのふたりは」
「どういうことですか?」
「口ではこう言っていますけれど、田中さんは土井垣家の使用人ですからね。彼女に手を出したらユーリさんに申し訳がつかないんですよ」
「いいじゃないですか。当人同士の問題なんだし」
「ダメですって。僕にだってケジメってものがあるんですから。それに僕がケジメをつけられるまでにキミに好きな人ができた場合に、拘束したくないですからね」
「んー。お兄さんのいじわる」
関も積極的にアピールする田中には満更ではない様子だが、一応は恋仲ではないそうだ。
そんな友達以上恋人未満なイチャつきに胸焼けした鈴木がふと横を見ると、メルの皿には食べかけのクレープが乗っていた。冒険したけど不味かったのかなと彼女はメルにたずねる。
「食が進んでいないようだけれど、もしかしてハズレだった?」
「いいえ。思った以上に美味しかったので、ゆっくり食べているだけです」
「マジ? 鴨肉のクレープだなんてキワモノっぽいのに」
「肉類のクレープだってハムチーズとかがありますし、それにこれは蕎麦粉を使ったガレット生地ですからね。鴨南蛮みたいで合ってますよ」
「一口もらってもいいかな?」
「いいですよ」
メルから一口だけクレープを貰った鈴木は初体験の味の衝撃でピンクの胸焼けが吹き飛んだ。
噛み締めるとじわりと広がる鴨の肉汁が生地の蕎麦粉の風味と良く合い、メルの説明の通りに鴨南蛮のようである。味を整えるムースは隠し味の醤油が蕎麦つゆのような口当たりと後味を演出していた。
確かにこれは鴨南蛮に近い。
「?!」
「お口に合いましたか?」
「うん。グー」
結局、昼食中は純粋に料理を楽しむグループとイチャつく色ボケグループに別れたのだが、関が店に戻ってからは当初の予定通りであろう。
その後は駅周辺の娯楽施設や土井垣家御用達の商店の数々を巡り、気がつけば時刻は夜七時を回っていた。
「一通りこんなものかな。そろそろ帰りましょう」
最後に入った佃煮屋の特徴をメルがメモし終えると、三人はバスにのって屋敷に戻った。