面通り②
主人の書斎を出たメルは、初老の女性に連れられて離れに向かった。この離れは使用人用の寄宿舎で、多くの使用人がここに住んでいた。
通されたのは大きな食堂で、机のうえにある醤油さしや紙ナプキンからは使用人たちの生活感が漂っていた。
「初めまして女鬼島さん。わたしはユーリ。この家のハウスキーパーを勤めさせて頂いています」
ユーリは着席したメルの向かいに座るとようやく口を開いた。
彼女の役職であるハウスキーパーとは、簡単に言えば使用人の統括者である。一言でいえば土井垣家の家人の次にこの屋敷では一番偉いと言えばいいか。
そんな彼女はメルが正式な使用人希望者ではなく、次の使用人を雇うまでの穴埋めついでに招き入れられた見習いであることを知っている。だが腰掛けであろうとも手を抜くつもりがないのが彼女の美点であろう。ユーリは厳格な態度でメルに接していた。
「女鬼島さんは使用人としての勉強のためにいらしたとは聞いています。ですが、当家にいる間は他の使用人と同様に厳しく当たらせていただきますよ」
メルは「それは当然のことだろう」と頷き、その瞳の色に信を見たユーリはメルに仕事を説明した。
メルに与えられた仕事は息子サトルの世話なのだが、具体的な内容は以下の通りである。
朝の起床と身支度を補佐すること
屋敷内での食事を補佐すること
外出時の身支度を補佐すること
風呂の支度を補佐すること
それ以外の時間は部屋の外で呼び掛けがあるまで待機すること
風呂の支度というのも着替えやタオルの準備であり、裸になって背中を流せということではないという。外出への同行も不要とのことで、地元の大学に通っており遊び歩くことの多い息子の世話だけなら楽な仕事なのだろうとメルは受け取った。
「───説明は以上です。ところで……」
一通りの説明が終わり、息子が帰宅するまで与えられた自室の整理をしようと踵を返すメルをユーリは呼び止めた。
「何処かでお会いしたことがありませんか? 女鬼島さん」
「気のせいでは? ボクにはお金持ちとのコネなんてありませんし」
「左様ですか」
ユーリは微かな記憶からメルにたずねたのだが、メルはそれを否定した。