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お別れ

 皆川の部下がユーリを連れていったことで、部屋は少しだけ寂しくなっていた。

 すでに失われた五人の命が甦るなどという都合のいいハッピーエンドではないもののこれにて一件落着であり、こうなるとメルには土井垣家にいる理由は無くなってしまう。

 別れも出来ず心苦しいものの、東京に向かう皆川の部下に付き添って屋敷を後にしようとしたメルをタケシは引き留めていた。


「皆川くんにも許可は取ってある。今週いっぱいは使用人を続けて貰えないかな。もちろんキミが望むのならそれ以上でも構わないが、それはキミも遠慮したいだろうし」


 それはユーリが抜けた穴埋めの意味ももちろんあるが、それよりも折角打ち解けた仲間としてしっかりとしたお別れをしたいという意図が大きい。

 タケシとて出来ることならメルにはずっとこの家にいてほしい考えがあるが、彼女がそれをよしとするとも思っていない。

 彼はユーリのことを皆川に報せた際に聞いた話ではあるが、弱冠十六歳にて「隠者」の名を与えられた資格者であるメルが組織で成さんとしていることをやめるつもりも無いのであろうと、彼は別れを受け入れていた。


「はい」


 それからユーリが消えた理由を使用人たちに嘘で取り繕うだけでも一苦労な日々が続き、あっという間に金曜日になっていた。

 なにせ表向き、ユーリは交通事故で亡くなって遺体が残らなかったと偽ったからだ。土井垣家内で行った密葬とは言え、当人たちには慌ただしい。

 ようやく落ち着いたのは木曜の夜で、夜が明ければもう最後の金曜日である。メルがこの家にいるのは残すはあと一日。土曜日には荷物をまとめて東京へと帰ってしまう。


「メル……起きているか?」


 そんな最後の日の早朝、まだ朝日が登ったばかりの早朝に誰かがメルの部屋を訪ねた。この離れで生活する少年は一人しかいない。


「起きていますよ」


 メルは訪ねてきた川澄を部屋に引き入れた。

 その様子を伺う彼女たちがいたことなどメルは気づいていないため、傍目には逢い引きのようである。そんな彼女らの後押しを受けた彼は意気込んでいた。


「朝早くから押し掛けて悪いな。でも今夜は送別会だから、このタイミングじゃないとどうしてもダメなんだ」


 顔を赤らめている彼の様子は先週同様である。あのときは気絶させて幻を見せることで誤魔化したが、流石に早朝ではあの手は使えないだろう。

 それに最後のチャンスをそんな小手先で誤魔化すのは彼の気持ちを踏みにじる行為に他ならない。今回は正面から断ろうとメルも息を飲む。


「メルの家を教えてくれないか?」

「それは良いですけれど、けっこう不在だったりしますよ。それに寝泊まりするだけの部屋なので何もないですし」

「そんなのは構わないさ。すぐに行くのは格好悪いけれど、冬になったら東京まで会いに行くよ。旦那様には長めに休みを貰ってさ」

「でしたら来る前に連絡してください。ボクもまた他所に出掛けているかも知れないですし」

「おう。それまでにカッチョいい単車を新調しておくぜ。そうしたらまた、俺の背中に乗ってくれないかな」

「ええ。是非」


 結局、川澄はメルに告白することはなかった。

 その点はメルにも拍子抜けだったのだが、彼なりに思うところがあったのだろう。

 だが次に会う約束を取り付けたことで、これが自分とメルを結ぶ編み紐だと彼は信じていた。


「それでは皆さん、さようなら」


 最後の一日も粛々と仕事をこなし、使用人以外にもタケシら土井垣家の面々に関も参加しての送別会も賑やかに幕を閉じる。

 呪縛から解放されたせいなのか、それとも親友であり兄弟である彼が横にいたからか。酔ったサトルが泣き上戸の果てに川澄ゆきのとの関係を周囲に吐き出したときの反応はなかなかの衝撃を家中に与えたりもした。

 出発の準備を整えたメルが来ている衣服は関がしたためた例のワンピース。図らずもお別れの朝というシチュエーションが彼女が持つ陰を引き立てて良く似合う。


「またいつでも来てくれ。皆川くんに我慢ならなくなったらいくらでも泣きついておくれ」

「俺は担当として一番世話になったのに気の利いたことが言えなくて申し訳ない。父上と右に同じだ」

「私もです。特に私などアナタとはろくに会話も出来ずじまいでしたが、気持ちは同じですよ」

「では駅までは俺が送っていきます」

「よろしく頼むよ池田くん」


 メルは池田が運転する車に乗って駅に向かい、そして電車にのって東京へと帰った。

 その道中で三週間の出来事を思い返しながら見つめるケータイに取り貯めた皆の写真に都度都度にやけて微笑んでしまう。

 だがその中に入っていた一枚の写真。ユーリのそれを見たときだけはメルも少し顔つきが変わる。世代が違うとはいえ同じフィメールという家に居たことがある者同士、たしかに息子に拘った彼女の気持ちも少しだけ共感があったからだ。

 自分とてあの家に残してきた最愛の人───サーシャと添い遂げるために必要であれば、自分を慕う五人の知人を殺すことも厭わないだろうと。


 メルはフィメールの家に産まれ、次期当主サーシャの付き人として育てられた。

 ミッションメモリーの力を使って女性のみで子供を作るこの家において、メルは父母が逆転した父親としての当主ジュリアスの娘だと思われていた為、サーシャの代における側近となる存在でもあった。

 だが彼女の本当の父親は別にいて、それ以外にもいくつかの理由があってフィメール家を逐われた彼女は、皆川と出会い彼の庇護下で働くようになった。

 その最大の秘密。他人に知られればそこからフィメール家に居場所を知られかねないそれは、彼女に恋をした彼には少しだけ酷かもしれない。


「ごめんなさい、トモさん。ボクが女の子でなくて」


 写真の中の川澄に対しメルはポツリと告白を断った最大の理由を呟いた。

 その小さな声を聞いた乗客は他にはいない。

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