二十二年前④
新しい命の誕生は、古い命との別れも呼び寄せた。
初孫を前に好好爺へと豹変したタケシの父は気が緩んでしまったのか、そのまま脳溢血で帰らぬ人になってしまった。
ナツコは乳飲み子を抱えたまま葬儀に参列していたのだが、葬儀の忙しさにほんの数分彼女が目を離した瞬間に最悪の事件が起きてしまう。
「サトル、どこ?!」
「サトルー!」
それは乳幼児の誘拐事件である。曲がりなりにも地元の勇士である土井垣家の子供ならば、いくらでも身代金を搾り取れる存在なのは間違いがない。
この事件は身代金一億円の誘拐事件として世間を騒がせ、最終的に犯人とされる人物も逮捕されたことで幕を閉じたのだが、そこに知られざる秘密が隠れていた。
実はこの時、タケシら夫婦の元に帰って来た子供は本物のサトルではなかったのだ。最初は動転し怒り狂うタケシだったのだが、その子供にタケシの面影を見たナツコが「この子はサトルに間違いがない」と彼を説得して、赤子の入れ替わりという事件の裏は闇に葬られた。
その理由をナツコは語らないが、青い瞳と自分の血を引いているというナツコの確信から赤子の正体にタケシも気がついて、この子供をサトルとして育てることにした。
「ユーリちゃんじゃないか。久しぶりだな」
葬儀と誘拐事件。二つの騒動に重なるように、この時期、三つ目の出来事も土井垣家では起こっていた。それは一年前の出来事から失踪していたユーリを葬儀中に小西が発見したことで、そのまま彼女は改めて使用人として土井垣家に雇われた。
当初ユーリは自分がいなくなった一年間にすっかり夫婦として打ち解けたタケシとナツコの関係に嫉妬していた様子だったのだが、次第にその気持ちは落ち着いていった。
まるで自分だけが知る秘密を隠し、ほくそ笑んでいるような顔をときおり見せるユーリ。タケシとナツコはその顔に対して見てみぬ振りをし続けた。
表向きユーリも取り繕っていたのもあった。
今でも彼女がタケシを愛していることも、そしてタケシの愛を横取りしたナツコを彼女が内心恨んでいることも。ふたりはすべてを受け入れていた。
だからこそ鈴木知恵が亡くなった際に流れた「池田と彼女の関係に嫉妬したナツコの仕業」という根も葉もない噂も自分の責任だとナツコは黙していた。出入り業者の噂の発端がユーリだと言うことを知った上で。
タケシがその噂の影響で気に病む池田を心配していたのも、妻とユーリのイザコザに彼を巻き込んでしまったことが大きな理由である。




