二十二年前③
初めての子作り。
快楽を求めたり愛を深め会う為のモノではない初めての行為を前に疲れたタケシはいつもより遅く目を覚ました。
普段ならユーリが起こしに来る時間なのだが彼女は一向に現れず、彼女も同様に疲れているのかと小首を傾げながら食卓に向かった彼の前に飛び込んだのは悲しいニュースだった。
「遅いな」
「ええ。ですが、きょうの午前中は予定もないので問題ありませんよ父上。ところでユーリを見ませんでしたか?」
「その事だが、あやつには暇を出した。もうこの家にはおらん」
「な、何を勝手に!」
「勝手をしたのは一目惚れだといってイギリスからあの女を連れてきたお前の方だろうタケシ」
「だからと言って父上に彼女を追い出す権利なんて無い」
「いいや出ていったのはあやつの意思だ。なにせお前の縁談が決まったのでな。これ以上は愛人気取りも出来ぬと、自分から身を引いたのだぞ」
「愛人? それは父上が結婚を認めないからではないですか。それに縁談ですって?」
「土井垣鋼鐵とは縁のある、伊東製鐵所のナツコさんだ。お前も知らぬ仲ではなかろう」
「仕事上の付き合いくらいなら確かにあります。ですが俺はその人と結婚する気も無ければ、ユーリと別れるつもりもありませんよ」
「そこまで言うのなら覚悟を見せろ。わしが用意した雌狐を七陰で斬ることが出来れば、お前の要望も聞いてやろう」
「や、やってやろうじゃないですか」
頭に血が登ったタケシは父が言う雌狐がまさかユーリとは思わなかった。人形や動物、最悪でも死刑囚でもつれてくるモノだと決めつけて父の誘いにまんまと乗ってしまう。
そのまま袴に着替えて道場に向かったタケシを待っていたのは磔にされて目隠しをされた裸の女性。普通ならわからないが何度も抱いた彼だからこそ、その人物がユーリであることに一目で気がついた。
「父上……」
「どうした? この雌狐では切れぬというのか。昔からお前はその才覚を潰すほどに人斬りに嫌悪感を抱く奴ではあったが」
「当たり前でしょう。なにが『暇を出した』だ。なにが『自分から身を引いた』だ。彼女を俺に殺させるためにそんな嘘をつくなんて」
「だが縁談の話は嘘ではない。この試練を乗り越えられるのならお前は土井垣流の後継者として一人前なのだから、わしはもう何も言わん。だが出来ないと言うのなら、殺人剣としての土井垣流はわしの代で終いとする。なのでお前は身を固めて、わしが死ぬまで会社の方を守り立てておれ」
結局タケシには最愛の人を殺す選択など出来るわけがなかった。
この後、解放されたユーリはタケシの前から姿を消してタケシは父の言いなりのままナツコと結婚した。
最初はナツコに不平不満をぶつける日々を送り荒んでいたタケシだったのだが、すべてを受け入れて自分を慰める彼女に次第に絆されるようになっていった。
一ヶ月ほどで打ち解けたふたりは子作りにも励み、一年後には待望とも言える長子サトルが誕生した。




