二十二年前②
そして問題の日がおとずれた。
ユーリが土井垣家に来てから七年の月日がすぎて、そろそろ結婚して子供を作ることを考える年齢にふたりはなっていた。
ふたりは私服で出掛ければデートだし、帰りが遅ければホテルで休憩でもしていたのだろうと小西ら当時の使用人たちに気を使われるほどには公然の関係をもっていた。だがタケシの父は何か思うところがあるようでふたりの結婚を認めなかった。
そんな中、とうとう痺れを切らしたユーリはタケシにあることを切り出した。
「タケシさん……きょうは生でしませんか?」
「たしか危険日だったハズだがいいのか? 結婚の許しがでるまでは子供ができたら困ると言ったのはキミの方なのに」
「確かに祝福された上で子供を産みたいのは変わりませんよ。でもいい加減、大旦那様の許しを待つのには疲れたのです。私ももう三十五を過ぎました。あまりに遅いと子供が産めなくなってしまいますし」
「嬉しいよユーリ」
デートの最後にホテルで子作りに励んだふたりが帰宅したのは夜遅く。出先でシャワーは浴びているためタケシは帰宅するとすぐに眠ってしまったのだが、同様に自室で眠ろうとしていたユーリの前にあの男が現れた。
「遅かったなユーリ」
「大旦那様?! どうして私の部屋に」
「無論、お前さんに話があるからに決まっておろう。主を待たせるなど無礼。使用人失格だな」
ユーリが部屋に入ると、そこにいたのはタケシの父だった。明かりもつけずに気配を消してそこにいる老人の姿はお化け屋敷のようであり、ユーリも思わず声が出かけてしまう。
だが口を開くなりすぐに小言を言う彼の態度には悪意が溢れており、ユーリはグッと我慢して彼に向き合った。
「失礼ながら、今回は大旦那様の行動に問題があるのでは? いくらなんでも事前に話をうかがっていないのに『待たせた』と仰られても無理な話ですよ」
「うむ……そういう切り返しをするからか、どうも外人というのは気に食わん」
「それで、どのような用件でございましょうか? 大旦那様」
「明日タケシに七陰の業を背負わせる。それに協力してもらいたい」
「七陰……ですか?」
「一つ小袋、二つ腎、三つ胃、四つ肺、五つ肝、六つ胸、七つ胴落とし。これら臓物を皮を割かず断ち切る七つの太刀を総したものが、土井垣流の秘剣『七陰』。お前さんにはこれを実際にその身で受けてもらう」
「?!」
ユーリは彼の言葉に驚く他にない。内蔵を切り裂く秘技の試し切りを受けろと言うことは、即ち死ねと言われたのに等しいからだ。
「心配することはない。お前さんの実家からミッションメモリーとやらを借りてきたから安心しろや」
彼はそういうと懐から太い杭のようなモノを取り出した。それはユーリにも見覚えがあるフィメール家が所有する古いミッションメモリーの一つに他ならないが、それを見てユーリの顔から血の色が失せる。
「不死のミッションメモリー。これさえあれば死ぬことはない」
彼は嫌な笑みと共にユーリにそれを見せつけていた。
この表情から察するに彼も承知した上で不死のミッションメモリーを使えと言っているのであろう。だがこれは実際には役に立たない代物である。なにせこれが与える不死の力は数分だけと使い道がほとんど無いアーティファクトだからだ。
「どうして大旦那様がそれの存在を知っているのかは聞きませんが、それを使ったところで生きられるのは数分間ではないですか」
「その数分がタケシには必要なんだよ。七陰を完成させるには七人のおなごを切り殺した業を背負う必要がある。だが昨今では生き試しに使える若いおなごなどなかなかおらん。しかし、これでお前さんが七回生き返ってくれれば贄はひとりで事が足りる。なんとも便利な女だな、フィメールというのは」
「いつから? 大旦那様はいつからそのようなお考えを」
「無論、最初からだ。お前さんとタケシが初めて会ったその日からな」
彼の言葉にユーリはあの日の命令を思い出した。
命令によって抱かれに向かった初めての夜。そして自分から進んで抱かれた二回目の夜。どちらにしよタケシに気に入られて彼の側に寄り添った時点で彼の父が考えたシナリオの上に踊らされていたことにユーリは気がつく。
おそらく七陰の業と言うのはある程度は親しい人間を切らなければ意味が無いのであろう。だからこそタケシの父と先代のフィメール党首は手を組んで、自分とタケシを親しくさせたのだろう。
こんな時に疼くお腹は帰宅前の行為で身籠っていることを不思議と何かが教えているようだ。ようやく掴んだ彼との幸せが崩れていく音に、ユーリは涙を頬に伝わせた。
「わかったのなら大人しく寝ておれ」
放心するユーリを当て身で寝かせた彼は、彼女を道場にまで運んでいった。




