火葬剣③
刀を向けられたユーリの目には、メルの顔は酷く嫌なものとして写っていた。
彼女の中にだけ詳細が記されている計画を最後の段階で潰されたばかりでありそれも致し方なかろうか。
「アナタが……アナタさえ素直に死んでいてくれれば……」
殺されかけたメルからすればたまったものではない言葉をユーリは呪詛のように吐き捨てた。
そんな彼女からは今まで見てきた厳格なハウスキーパーとしての顔は消えている。そこにいるのは不思議な力を犯罪に利用した、ひとりの悪い能力者にすぎない。
このような人間を拘束し処罰を与えること。それがメルが所属する組織の仕事であり、彼女にとって今のユーリは悪い意味で見慣れたものになっていた。
齢十六にして「隠者」の号を持つ使い手。それが本当の女鬼島メルの姿である。
「これから拘束させて頂きますが、ひとつだけ確認させてください。何故こんなことをしたのですか」
「何故か? ふ、ふふふ……ふはははは!」
「アナタのような厳格な人が壊れたというのですか」
「むしろ私からもひとつだけ聞かせてくださいな女鬼島さん。アナタをここに送り込んだのはフィメール家の人間かしら? ミッションメモリーが使える時点で直系なのは間違いないのでしょうけれど、私があの家にいたのはアナタが生まれるよりもずっと昔。なので私はアナタの顔に憶えがなかったわ」
「もしボクがフィメール家の人間なら、こんなところに居るわけがないですよ。あの家が他所の家のイザコザに介入することなんてないんですから」
メルは否定したが、これは彼女がフィメールという家と決別していることも意味していた。
メルが先程の戦いにて使用したもの。そしてユーリがサトルを操るために使用したものはミッションメモリーという不思議な道具である。これはフィメール家の人間の遺伝子にのみ反応して力を発揮する魔術的なオーバーテクノロジーである。
そのためミッションメモリーを操れるということは、フィメール家の人間同士が親となる純血者か母親がフィメール家の直系に限られていた。ちなみにメルやユーリは後者であり、彼女達に子供ができてもこの能力は引き継がれない。
「それもそうね。でも同じ血筋ならなんとなくわかるでしょう? あの子は……サトルは私に残された最後の身内なのよ。あの子に力を捧げるためなら、私は悪魔にだってなれる」
「ボクには言っている意味がわかりませんよ」
ユーリとサトルの関係。そして七陰と研無という土井垣家の秘宝。
これらを知らないメルからすれば、ユーリの言い分はまるで意味がわからない。
そんな困惑する彼女を助けるかのように、誰かの足音が近づいてきた。ユーリはその人物に顔を向けて、メルもちらりと目線を送る。
「まさかキミの仕業だったとは」
「旦那様?!」
「女鬼島くんはそのままにしていてくれ。ユーリを相手に気を抜くのは感心しない」
「丁度良いところに来ました。責任は私が取ります。なのでサトルを起こして、彼女と私を七陰で斬らせてください」
「もういい。諦めるんだユーリ」
「な……」
タケシの姿をみて態度を変えたユーリは、サトルに自分達を殺させるように懇願した。だがタケシはそれを良しとしない。善良な彼には技を極めるために他人を犠牲にするやり方など好みではないのだ。
「でしたら……サトルにはお勤めなどさせないでください。アナタが身を引いてお勤めを引き継がせるなんて言わなければ、私もこんなことをするつもりは無かったのですから」
「それを決めるのはサトルだ」
「なら危険なお勤めを前に、息子に出来るだけ力を持たせたいというのだって親として当然の行為でしょう? あの子に万が一のことがあったら死んでも死にきれない」
「いくらサトル様が息子同然だからって、アナタはどういうつもりでこんな凶行を働いたんですか!」
「息子同然? 何を言っているの女鬼島さん。サトルは正真正銘、私と旦那様の……」
「言うな、それ以上。サトルが起きたらどうする」
タケシは一瞬で間合いを詰めると、ユーリの腹を殴って彼女を悶絶させた。彼はどうしてもユーリにその事を口に出してほしくないらしく、その形相はメルには初めての緊迫した顔である。
「女鬼島くんはサトルを部屋に運んで寝かせてやってくれ。そうしたら、わしの部屋に来てほしい」
「わかりました」
メルはタケシの指示でサトルを彼の部屋に運ぶ。一方のタケシは縄で拘束したユーリを抱えると、床に転がっていた研無と共に自分の部屋に彼女を運んだ。




