火葬剣②
サトルの放つ秘剣に胸を貫かれたメルはその場にうずくまった。七陰とは気で体の内側のみを切り裂く技であり、それを胸に受けると言うことは、心臓に刃物が刺さったのと同じである。
技の理を知っていればこそ、倒れたメルは絶命したものだと判断するのも当然である。
打ち手であるサトルとは異なる影もまた、その認識で姿を表した。
その人物はシンナーを散布するための仕掛けを分解して「塗料からのシンナー漏れは偶然の事故」によるものに偽装した。それが終わるとペール缶の前に立ち、両手を広げてサトルを呼んだ。
「さあサトル。最後は私を斬りなさい」
「ハイ……カアサン……」
どこか様子がおかしいサトルは片言でその人物に「母さん」と呼び掛けた。言われるがまま刃を構えて迫るサトルに彼女は怯まない。むしろ自分から彼に斬られることを望んでいた。
「ガキン!」
目を閉じて死を受け入れた彼女だったのだが、それは金属がぶつかる音によって遮られた。
その音に驚く彼女が目を開けると、そこには小太刀を構えてメルが立ち上がっていた。
メルはどこからともなく刀を取り出していた。この刀はメルと同化して体の中に隠されていた魔剣である。
「何をしているんですかサトル様。それと───」
メルは「察してはいたが、あえて見ないようにしていた何か」のような目線で彼女を見ていた。白髪混じりで銀髪になったブロンドヘアーを靡かせる初老の淑女。連続事故死に犯人がいるのならば、その候補だと目をつけていた彼女のことを。
「ユーリさん!」
現れた影の正体はユーリだったからだ。何故サトルが彼女を母と呼んだのかは不明ながら、状況から推測すれば彼女がサトルを何らかの方法で操り使用人達を襲わせて、そして最後には自分をその手にかけさせようとしていることだけは明白だった。
「何故生きているの? 女鬼島さん。六つ胸で心臓に穴が空いたはずなのに」
「さて、何故でしょうね」
メルは舌戦で優位にたたんとブラフを使った。
本当は胸に仕込んでいた大胸筋矯正サポーターが気の刃を防ぎ、激痛が走るまでに技の威力を軽減してくれたお陰ではあるがメルはあえて言わないでおく。
「まあいいわ。もう一度六つ胸をやりなさい、サトル」
ユーリは言葉で戦おうとするメルのペースには乗ることはなく、サトルに再び同じ技を出すように命令した。サトルはこくりと頷くと突きの構えでメルに飛びかかる。
メルも負けじと迎撃せんとするが、ユーリはメルの後ろに立っていた。挟み撃ちを前に下がれないメルは、危険を犯して飛び込むより他にない。
「ミッションメモリー始動、天然理心流」
メルはポケットから取り出した小さな鋲を体に差すと、小さくそれの名を呟いた。
天然理心流とは新撰組が用いたことで有名な流派の名。メルはその力の宿る鋲型のメモリーを体に仕込むことで、付け焼き刃ながら流派の技を体に焼き付けた。
ごろりと地面に転がって突きをかわしたメルは、すれ違い様にサトルの脛を峰で打つ。赤く打点が腫れ上がったものの通用している様子もないサトルはまた同じ構えをメルに見せつけた。
「次こそはしっかりと殺しなさい」
「ハイ、カアサン」
サトルは再びユーリを母と呼ぶと、全身の気を刀に集めた。
メルからすればサトルの剣技は自分には到底敵いそうもない。先程も天然理心流メモリーに記憶された奥の手がうまく仕事をしたにすぎず、二度目は見切られそうである。
だが同じ構えも三度となれば、なにか事情がありげである。別の技ならこのままやられてしまいそうだが、来る技がわかっているのであれば太刀打ちできるとメルも刀に気を送った。
サトルが持つ剣は土井垣家に伝わる古き魔剣「研無」
メルが持つ小太刀は十三代目愛染作の新しき魔剣「野女」
二振りの魔剣が相対した。
「てやああああ!」
野女を持った右手を胸元においたメルは、サトルの突きに合わせて体を捻った。追従する研無の切っ先を野女の鍔本で受け止めると、メルは渾身の力で押し返した。
まさしくしのぎを削るとはこの事であろう。途中から左手も添えた両手での鍔迫り合いは、ついに研無の刀身を地面に向けさせた。その隙をついたメルは野女の峰を返すと、そのまま峰打ちでサトルの顎を強く打ち付ける。
「見えた……そこだ!」
見えたとは顎を打たれて倒れるサトルとユーリ結ぶ透明なラインのこと。野女に気を送ったことで感覚が魔剣のそれへと一時的に近づいていたメルは、通常なら不可視なハズのサトルとユーリ繋ぐレイラインを見切っていた。
「あ、あぁ!」
メルが見切ったそれを断ち切るとユーリは叫び声をあげた。
痛いのか、それともサトルとの繋がりが断たれたからなのか。
「大人しくしてください」
腰を落としたユーリに対して、メルは冷淡に野女の鋒を向けた。




