火葬剣①
休みも開けて日曜日。使用人としての一週間がまた始まった。
メルは食堂で川澄と顔を会わせたが、首尾よく彼は昨夜のことを忘れているようである。
三週間目ともなれば慣れたもので、手早く朝食を済ませたメルはサトルの部屋に向かうことにした。母屋にサトルの朝食を運び、部屋まで呼びに行こうとしたのだが、そこで鉢合わせたユーリに呼び止められた。
「女鬼島さん、ちょっとよろしいかしら」
「何でしょう?」
「サトル様からの言伝です。車庫で待っているようにと」
「畏まりました」
「朝食は私が運びますので、アナタは先に行って準備をしていなさい」
ユーリが言う言伝に従ったメルは、言われるがまま車庫に向かう。土井垣家の車庫にはタケシやサトルの車を含めて複数台の自動車が並んでおり、それらは電動式のシャッターを開閉させて中に並べていた。仕様頻度の高い土木作業用の軽トラックだけは車庫の外だが、それくらいはご愛敬であろうか。
そんな大きな車庫の通用口の鍵を開けて、メルはその中に入った。日の光が少ないため照明をつけなければ朝であってもこの車庫は暗い。メルは自然と車庫の電灯に灯りを灯す。
「カタン」
すると電灯に反応するかのように車庫に物音が立った。
この音は何なのか。
それを判断するよりも前に、メルを危険が襲い始めた。
「(この匂いは)」
もわもわと立ち込める匂いは塗料に混じるシンナーである。
車庫に塗料が置いてあるのは不可解ではないが、急激にその匂いが車庫内に溜まり始めるのは不可解である。まるで車庫に立ち入った人間を狙うトラップが発動したとしか思えない。
しかもこの濃さは危険な水準である。まともに吸い込んだら意識が朦朧としてしまいそうだと、口をハンカチで塞ぎながらメルは推測した。
そのまま匂いの元へと近づいたメルが発見したのは、蓋の空いたペール缶と回転する小型の扇風機だった。どうやら扇風機がペール缶の中にある塗料からシンナーを巻き上げて、通用口のの方へとそれを送っていたようだ。
メルは科学に詳しくはないが、充満するシンナーはさすがに小型扇風機ひとつで掻き出せる濃さとはとても思えない。仕組みは不明でも、これは自分を狙った仕掛けであろうとメルは身構えた。
ひとまずペール缶に蓋を閉めてシンナーの流出を防いだメルの背中にピリピリとした何かが走る。思わず振り向いたメルの目と鼻の先には鈍色の刃が迫っていた。
「ごふ!」
その刀は間違いなくメルの体には触れていない。衣服に当たる皮一枚手前で切っ先は止まっていた。しかしメルの胸には激痛が走り、彼女は痛みの前に嘔吐してしまう。
刃を辿った先にいるのはサトルである。土井垣流「七陰」第六乃太刀「六つ胸」がメルを貫いていた。




