七陰
メルが出掛けていた頃、土井垣家の道場でタケシとサトルが向かい合っていた。
ふたりとも袴姿で腰には砥の無い練習刀を差している。
土井垣流は一家伝来の流儀であり、当然ながらタケシはサトルの師にあたる。タケシがサトルに指導することは珍しくはないのだが、この日のタケシはどこか普段よりも険しかった。
「そろそろ準備運動はいいだろう。七陰をやってみろ」
「はい」
タケシの指示にサトルは生唾を飲んだ。
七陰とは土井垣流に伝わる秘剣だからだ。
集中し、剣に気を籠めてから放つ七閃は練習用の人形を貫いていく。だが刀は人形には当たっておらず、響くのは空気を切り裂く刃筋だけだった。
「次はわしの番だ」
タケシはサトルの技を見て何かを思ってから、自分も同じ技を別の人形に放った。素人の目には流石に師は一枚上手に見えるその技は、先に実演したサトル自身もそう認識するほどである。だがタケシにはお互いの技に違いを感じていた。それを確かめるには人形の中身を改める必要があった。
「よし、開けてみるぞ」
「その必要は無いでしょう。やはり俺は父上には及んでいません」
「……それは本心か?」
謙遜するサトルに対してタケシは含みのある質問を投げ返した。
まるで「技を放った結果を見られたくないのか」と勘ぐられている言葉にサトルは嫌な汗をかく。彼の本心としては他意などなかったのだが、それとは別の心の隅が父の言葉を肯定し、改めることを嫌がっているのをサトルは感じてしまった。
自分の一言に様子がおかしくなった息子を見て、タケシは最後のチャンスと言わんばかりにその手を止めた。
「当然です」
「まあいい。後は自分で確かめてみろ」
「待ってください。それなら一緒に開けましょう。技の御教授をお願いします」
「それには及ばん。自分で考えるのもまた修行だ」
「父上……」
「一つ小袋、二つ腎、三つ胃、四つ肺、五つ肝、六つ胸、七つ胴落とし。これら内蔵だけを切り裂き、肌には一切の傷を与えない闘気剣の極意が七陰なのはわかっているだろう?」
そのまま立ち去ってサトルの技を見なかったことにしようとするタケシ。サトルの呼び掛けに足を止めた彼は、振り向かずに七陰という技の説明を口にした。
それはサトルの認識を確かめるためのもの。技の性質がとある事件とリンクしていることをお前もしっているだろうとタケシは釘を差す。
「重々承知しています」
「それと小室くん、知恵くん、三井くん、川澄くん、肝付くん。ここまで言えば後は解るだろう」
「それはまさか……父上は彼女たちは事故ではなく俺が殺したとでも? 確かに技の順番と彼女たちの傷は一致していますが、それは誤解です」
「言い訳は聞きたくない。それにここで引き返すのならワシも目を瞑ろう。だから研無を完成させようなどとは思うなよ? あれは人の手にはおえん」
「本当にやっていないんです」
「この技に関しては途中でも研無に血を吸わせたお前のほうが既に上だ。わしが教えることはもう何もない」
そのまま振り向かずに道場を出たタケシはサトルのことを決めつけていた。
その上でなお、いま引き返すのなら見なかったことにすると最後の通達を出した。
土井垣家で事故死した五人のうち、彼女たちが事故で受けた内蔵の傷と七陰の順番は一致していた。そして土井垣家には七陰で女性を七人切り殺すことで力が解放される「研無」という刀が存在していた。
タケシは彼の父───サトルの祖父が振るって以来、封印されたその剣をサトルが継ごうとして使用人に手を出したと考えていた。
彼も息子を人切りだと決めつけなどしたくないし、先ほど直接サトルの技を見るまではただの偶然だと信じていた。
だがタケシの目にはサトルの闘気が人形の内側だけを正確に切り裂いたのが見えていた。いかに自分の技のほうが見てくれが良くても、七陰が女性を切り殺す業を背負って初めて完成する魔剣技ゆえに業を持たないタケシには出来ない技の精度である。
「これはどういうことだ。俺はいったい……」
タケシが立ち去ったあと、父の気持ちを汲んで、その上で犯人扱いされたことで思考が白くなったサトルは人形の中身を改めていた。
確かに内側に与えるダメージは父とは雲泥の差で、刃物で直接切り裂いたような太刀筋は自分が出したと言われても目を疑う程キレイである。
確かにこれで人切りの業を背負っていないと言っても、父ほどの剣士には嘘に見えるのだろう。だが太刀筋という事実とは別にサトルにはその業を背負った記憶がまるでなく、彼は頭を抱えてしまった。




