第4話
「ご当主、お世話になっております」
中家は、白髪の老人に頭を下げる。
周りは密閉された空間で、人の背丈の2倍ほどの高さの壁一面が、テレビ会議用のモニターになっていた。
そのモニターの操作員は、5人のさらに後ろに、たくさんの操作盤に囲まれて座っていた。
「全くだ。まさかメキシコから直通で、しかも最高度の暗号通信だ。これでしょうもないものならば、あとで大納言殿にきつく言っておかなければなるまいな」
大納言殿というのは、手野グループの当主である手野家、さらにその本家となる砂賀家、これらの祖先にあたる大納言の正官を代々務めていた郁芳家のことをさす。
もっとも、この関係が判明したのは2010年代であり、まだまだ新しい関係ではある。
噂があったが文章で裏付けられたのがこの年だった。
「いえ、こちらは武装社長の仕事でございます。大納言殿も、御当主も関係はございません」
「ふむそうか」
武装社長と聞くと、たちどころに腹の虫は落ち着いたようだ。
流石に武装社長に逆らうと考えはしないらしい。
「では、要件を聞こうか。何の用だ」
時差はあるが、たったの1時間だ。
それも、マサチューセッツ州にあるカバナー市は、ここから見て遅い方向にある。
ついでにいえば、今の時間はメキシコシティで午前9時20分ほどだった。
「どうか、お力をお貸しいただきたくあります。実は、完全無欠の要塞へ、攻めていかなければならなくなりました。そこで、開発中のものをお貸しいただければと思い、この度連絡をいたしました」
当然、ここでの会話は英語だ。
さらに録音録画の類は行うことができないようになっている。
何を言っても、知らぬ存ぜぬで通すためだ。
つまり、ここで物の貸し借りを決めたとしても、現物が届くまでは単なる口約束に過ぎない。
「どれだ。なにせ開発中のものは数多くあるのでな。心当たりが多すぎる」
笑っているのは、嘲笑の意味もあるのだろう。
貴様らは知るはずがないという気持ちだ。
「テック・カバナー総合軍事会社におきましては、自律AIによる群衆制圧を目的としての実験を繰り返し行っていると伺っております」
「そうだな。しかし少し調べれば、州政府からの依頼だということはわかるのでは。それぐらい、雑作もないことだろう」
要は、暴動が発生した際、軍や警察ではなく、ロボットで鎮圧することを目的とした実験だ。
ここでいう州政府は、マサチューセッツ州のことを意味している。
「ええ、よく存じております。しかし、私が興味惹かれますのは、それと並行して同時に行われております、国土安全保障省が資金を出している実験の方です。たしか、完全武装兵を黙らせるための実験でしたか」
「ほう」
少し驚いている様子だ。
「まあ、非開示情報ではないからな。知っていてもおかしくはない」
「ええ、それはそうでしょう。事実、情報公開請求では黒塗りされることなく教えてもらえることですから」
「では、何を知っている」
イラつかせることについては、中家はトップクラスに上手であろう。
それもこの会話でわかる。
「集団鎮圧用ロボット。たしか、名前をマーシャルシステムといいましたか。あれをお貸しいただきたい」
「さすが武装社長の肝いり部隊。よく知っているな」
「1台で20人を照準可能、同時に電気ショックを与え無力化。装甲は120mm、乗員は1人。ただしいなくても行動は可能。さらにいえば、7.2mmNATO弾によるフルオート短機関銃、噴進砲2門、ガス放出装置が付いていて、開発開始から3年目。総額数億ドルになるも実戦経験なし。ですよね」
「っ、内部情報だぞ。それらについては誰が漏らした」
当主は激怒しているように見えるが、その程度で中家は動じない。
「私はただ、武装社長からのお話を言っているまで。私独自の情報にはよらないので、かなりの部分が不正確かと思いますが。その表情から察するに、どうやらほぼほぼ事実のようですね」
「……それでどうするつもりだ」
当主が詰問する。
「実戦を体験させてやろうかと。私たちはタダで高性能の作戦機を借りることができる。あなた方は、開発中の機体でのデータを取得することができる。ウィンウィンの関係であると考えますが。どうしますか」
「……いいだろう。だが、我々の特殊部隊員も同行させる。システムエンジニアが主だが、緊急用の訓練はすでに修了している面子ばかりだ」
「いいでしょう。雇い主にはこちらから話しておきます。いつ頃こちらに来ますか」
当主はやられたという顔をしながらも、中家の質問に淡々と答えていく。
「明日の午前10時、メキシコシティ国際空港に到着させる。税関についてはスルーさせるようにしろ」
「それはお伝えしておきますが、多少混雑する恐れがありますので、それはご理解を」
いいだろう、とテック・カバナー当主が答えると通信を一方的に切断した。