第32話
「こいつがバーラだという可能性が排除できない」
武装社長は銃を向けつつ、大臣に話をする。
「最近、バーラに会ったという人物がいないんだよ。全てテレモトが電話を受けたうえで行っていたということさ」
「どういうことだ、バーラはどこへ行ったんだ」
それともう一つ、とさらに武装社長が続ける。
「うちの部下、中家っていうんだがな。ああもう知ってるか。中家によれば、邸宅の地下はパニックルームではなく、それ風に見せかけた倉庫になっていたそうだ。出入り口は2か所、さらに言えば本当に隠れることができる場所は出入り口が1か所だけしかなかったという話だ。ここまで巨大となった麻薬カルテルの頭目が、たったそれだけの装備にするはずがねぇ。その報告を聞いたとき、直接そいつの顔を拝みたくなったていうことさ」
それを聞いて、驚いた表情を浮かべているのはフエルサだった。
「それほどまで考えているってことか」
「そこまで考えなければ、ここまで生き延びることができなかったんでな」
フエルサに口角の片方だけを上げつつ、武装社長がさらに続けて言う。
「世界を敵に回す度胸があれば、ここから逃げられるだろう。だが、そうでなければ生き延びれまい」
銃をふっと降ろす。
罠かどうなのか、それを見定めるためにフエルサはまだ動かない。
「それで死にたくなければ話すんだよ、フエルサ、それともバーラか?」
黙ったまま、それでも何か言わなければ死ぬ。
フエルサが考えている時間はそこまで長くなかった。
「あいつは、兄は。数年前に死んだ。カルテル同士の抗争でな。銃撃戦の末、心臓と体をハチの巣にされてな。だがな、その時狙われていたのは別のカルテル。兄はただ巻き込まれただけの一般人として処理された。行旅死亡人として処理されそうになった時、たまたま当時の検視官がDNAを照合して登録されているかどうかを調べた。そこで2分の1の一致率である俺が呼ばれた。二卵性双生児だった俺も十数年も会ってなかったのにもかかわらず、よくわかる顔をしていたよ。ああ、死んだのか。という何とも言えない感慨が湧いてきたんだがな、不思議なもので彼が兄弟だということは分かり、それで死体を俺が引き取った。極秘に埋葬して、偽名も使って、それで墓石の前でぼんやりとしていたんだ。あいつの手荷物、ほとんどなかったが、年季の入った携帯電話が一台、そこで急に電話が鳴ったわけだ。それがすべての始まり。組織の維持をするために、邪魔者はすべて排除した。よく似た顔ということが幸いして、こちらにテレモトが来た時も気付かれなかった。もっとも、警察も気付かなかったようだがな。そしてこれからはこちらで仕事をすることになって、この携帯電話を使って指示を出すという形にして、ずっとやってきた。貴様らが来るまではな」
フエルサが一人語りを終えると、少しずつ玄関へと向かう。
誰もが銃を構えている、しかし、誰も銃を撃とうとしない。
「それがすべてか」
少し離れたところで武装社長が声をかける。
「ああ。それがすべてさ。兄の墓石は俺の住所録に登録してある。あとで勝手に調べてくれ」
「……わかった」
カタン、とドアがフエルサによって開けられ。
「最後に一つ」
「なんだ」
「できればでいい。俺が死んだら兄の横で眠りたいんだ。向こうでも一緒に居られるようにな」
そして閉じられた。
そしてふとフエルサは空を見上げる。
音もなく、それから右後ろへフラッと、ゆっくりとした動きのまま倒れた。
「……ああ、してやるよ」
騒がしくなる国防省前で、フエルサはただ空を見つめ続けていた。
その瞳は、安らかなものだった。




