第29話
防音室で方法を決定し、それからゆっくり休憩をしてから1時間ほどで出てきた。
「貴様の処遇は後で決める。テック・カバナーにも伝えておくからな」
「はっ」
マキシムは最大に決まった敬礼をし、中家は頭を深々と下げた。
「それで、大臣のところに向かわんとな」
武装社長が激怒から少し落ち着いた様子で防音室の扉から一歩出て、周りを見回す。
「あの……」
話しかけていいものか、それを疑っているという口調だ。
「誰だ」
「あ、わたくし、フエルサと申します。国防大臣より命を受けて、中家様の国内での案内人を務めております」
どう見ても話しかけていい状況ではない。
今すぐ帰りたいというにが顔にありありと出ていた。
「ふん、貴様が誰かは興味ない。さっさと国防大臣のところへ連れて行け」
しかし、武装社長はフエルサを手放す気は無いようだ。
しかも聞いておきながら、興味がないとまで言われる。
泣きそうになりながらも、フエルサは空港の貴賓室へと寄せておいた車のところへ案内した。
車列はパトカーを先導として、一列になるように並んでいた。
それだけで、タクシー乗り場の半分くらいを使っている。
迷惑がかかろうがどうしようが、それほど重要な人物として、武装社長は遇されていた。
「同じ車に乗られるかと思いましたが……」
非常に険悪な空気を読んだのか、フエルサが恐る恐る武装社長へと聞く。
「乗らん。あいつらとは後でじっくり話を聞くことになるからな。今は顔を見たくない」
それがどういう真意なのか、それを聞く度胸は、フエルサにはなかった。
さっさと車に乗り込む武装社長に、別の車に分乗する中家ら。
総勢4台のリムジンに、20人を越す警察が警護に当たることとなった。
乗り込んだ武装社長が外を見て、バイクで伴走する警官を眺めている。
「いちいちこれくらいしてくれなくとも、一人でできるわい」
「それは重々承知をしております」
武装社長は、あと10人は座れそうなソファーに一人で陣取ると、向かい合わせに座っているフエルサに話しかけていた。
「こいつは防弾だな。それに防音になってるな」
「はい、それが……?」
フエルサは疑問を顔に浮かべる。
「一つ、詫びを入れておかなければならんからな。衛星通信は使えるか」
「はい、テレビ、インターネット、電話。なんでもできます。なんならピザの出前を取ることだって」
「ピザはいらん。ちくわなら考えるがな」
はぁ、と気の無い返事をして、再びフエルサは黙る。
しかし仕事は仕事だ。
武装社長からの求めで、衛星中継できるための設備のスイッチを入れ、差し向けられたキーボードとモニター、マイク、カメラをセットする。
「テック・カバナー総合軍事会社社長を。少し話がある」
電話をしているようだ。
社長はアメリカ陸軍出身の初老の男性で、肩章から陸軍大将だということがわかる。
すでに退役はしているようだが、胸につけた記章のリボンの数と種類の豊富さから、かなりの手練れだということは、容易に想像がつく。
「社長、お久しぶりですね」
「武装社長閣下もお元気そうで」
当然会話は英語だし、互いに盗聴されていることを前提として話をしている。
「この度はヘマやらかしたみたいで、誠に申し訳ありません。あとで切り餅の10個や20個、好きなだけ持っていきますんで」
「いえいえ、作戦が常に万全となることは、想定できないことでしょうから。ただ、こちらにも矜持があります」
「何なりと」
「閣下がお使いになられているという噂の車をお貸しいただきたい」
「はて、どの車でしょうか」
「手野自動車最新車種、フルスコープです」
フルスコープと呼ばれる車は、古くは1960年初頭から売り出されている。
おおよそ10年ごとにモデルチェンジがされており、直近では2013年に発表がされた。
しかし、ここで武装社長に言われているのは、次出す予定の車の話だ。
2020年ごろをめどにして発表する予定で、その車が欲しいという。
「……なんとかしましょう。こちらの落ち度ということもありますので」
「ありがとうございます。それではお会いする時を楽しみにしております」
電話が切れる頃、ようやく一息ついた武装社長はフエルサにちくわを要求した。




