第13話
中家は上部構造が制圧されたのをイヤカムで聞いた。
「では敵兵の一人を連れて来てくれるか。聞きたいことがある」
「了解」
マキシムへと命ずると、彼は一人でやってくる。
中家は何かおかしいと判断し、銃を構えてマキシムへと尋ねた。
「確か俺は、敵兵を連れてきてくれと言ったはずだが」
「ええ、確かにおっしゃられました。敵兵を連れてこいと」
マキシムは、言いつつ腰に銃を構えている。
威嚇のため、と最初は中家は思った。
だが、こんな騒がしいところであっても、はっきりと安全装置を外す音は聞こえてくる。
「裏切ったな」
「テック・カバナーには世話になった。だがな、今の世の中、金が全てだ。資本がなければ何もできねぇ。ならば金をより多くくれるところへ行くのが道理てものでしょう」
「いくら提示された」
「んなことは今はどうでもいい。ただこちらは、あなたへの義理立てのため、ここにいる」
「上部構造物の制圧は」
「それは今頃部下がしてくれているさ。部下にゃ悪いが、こちらは金が欲しい」
中家はいまだに争いが続いているような建物の中を、見えるはずがないのに見た。
「……そうか。残念だ」
銃の撃鉄を起こす。
短機関銃では、殺すことはできないかもしれない距離だ。
ただ威嚇にはなる。
その動きを見た途端、マキシムは腰に構えていた銃を腕いっぱいに伸ばして構え直す。
いつでも撃てるように、こちらも撃鉄を起こしていた。
「手出し無用、だがな、その前に一つ言っておこう」
「なんだ」
「いくらでも雇われ直された」
「おいおい、まさかこっちを雇おうっていう算段なのかよ。やめといた方が身のためだぞ。何せ高い買い物だからな」
「買い物に安いも高いもあるものか。それが適切な価格だと思うから買うんだ。で?」
いくら、と聞かずとも、中家が言いたいことはマキシムに伝わる。
「月15万ドル、さらにこの家の永久居住権、武器の無制限使用、さらにはな、女も抱き放題だ」
「そうか、たったそれだけで寝返るとは。お前も哀れな男だな、マキシム」
「どう言うことだ。
周りは会話を気にしつつも、誰か来ないかを見張っている。
しかし、これには誰も邪魔をしようとしない。
むしろ、早く勝負を決めさせようとしているかのように、不気味に静かだ。
「確かマキシムはアメリカだとO-2Eだったか。ならこっちは100万ドルだそう。毎月な。無期雇用、それにテック・カバナー財閥所有の別荘も1軒つけよう。何をしても構わんぞ」
「何を言う。そんなことを決める権限は持ち合わせていないだろ」
マキシムが答えるが、中家はニヤッと笑う。
その笑顔に、何か裏があると信じ、マキシムは思わず考える。
「金が高くなるにつれて、制約が多くなるのは事実だ。だがな、その制約も一定程度ならば外すことができる。まだ口約束の段階だろ、書面契約していない今なら、まだ間に合うぞ。さあ、どうする」
これが最後だ、そう言わんばかりの態度を中家はマキシムに示す。
「……100万ドルなんていらねぇ。代わりにあるところに送金してやってくれないか」
「それいつは契約書に書いておいてくれ。そうだな、カバナーセントラルホスピタルの特別ICU10001室宛になるか」
そのことを聞いて、マキシムは驚いた顔をした。
「知ってたさ、相方となるべき人物の情報は、一通り頭に入れてある。娘さんだろ、5年前、嫁さんともども交通事故にあって、以来意識不明。嫁は植物状態、娘はこん睡状態。二人仲良く眠り続けてるてな」
「……それを知ったうえで、聞いたってことか」
「まあな」
中家はまず、銃を下ろす。
それから歩いてゆっくりとではあるが、マキシムに近づいた。
マキシムも戦意を喪失したようで、銃を緩慢な動作で降ろした。
「さて、ついてきてくれるな、マキシム中尉」
「……これで受け入れていただけるのであれば」
「もちろんさ、仲間は一人でも多いほうがいい。それが優秀ならばなおさら」
その時、中家のイヤカムに上部構造物制圧完了の報告が舞い込んだ。




