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雪女のこども

作者: 柚子飴

死にそうな少年がいる。


少年から青年へと変わるその狭間のような男の子が

今、目の前で力尽きようとしている。


吹雪のゲレンデ、上級コースの一番上に近いところで少年は身動きが取れなくなっていた。

崖下には明かりが見える。

恐らく明かりに向かって歩き、なんとかスキーコースまで戻ったところで力尽きたのだろう。

その少年の姿を、同じような年齢の外見をした少女は見下ろしていた。


真っ白な着物に身を包んだ少女は、雪山に不自然なくらいに溶け込んでいて、今にも消えてしまいそうだ。

肌も異常に白く、触れば冷たいに違いない。

薄い表情は、少女の心情を物語っている

眉を少し曲げて。


そう、少女は困っていた。



「餓鬼が好奇心に従って行動をとると、このようなことになる」


少女のそれは、外見にそぐわない偉そうな物言いである。

鼻を突きあげて嘆息するが、少年からの反応は無い。

面倒だが、仕方がない。


己の好奇心については頓着な少女は、興味深々で少年を観察する。

さて、どうやって助けようか、静かに額に触れてみた。

「あつっ」思わず手を引っ込める。

指先が少し溶けた。


初めて人に触れたが、知識としては知っていたが、なるほどこれではダメだ。

触れ合うことなどできはしない。


「おいっ、このままだと死ぬぞ」大きな声をかけると少しだけ反応があった。


「ゆ、夢?、こんな」

「夢じゃない、寝るな」


薄く目を開き少年は訴える。


「た、助けを呼んでください」


見つめられ、そう言われ、心がザワザワと揺れた。

この時までは、人に会えば奇妙なものを見たように驚かれ、近づけば逃げられる、そのたびに凍っている心が尚も冷えていく。そんなことを繰り返していた。


人に救いを求められたのは初めてだ。

求められることは嬉しいことなのだと、その時に初めて知った。


「ああ本当に面倒だ」

独り言ちる。


どうにかしてこの少年を助けたい。ここで、そうできないのなら、もう二度と人と触れ合えない気がする。

ああ、けど無理だ。私には凍らせることしかできない。

この少年の体温を奪い、下げることはできても、温めることはできない。

冷たい身体、己の欠けた指、それが現実を突きつけている。


「死んだあと、遺体を凍らせることならできるんだが」


ああ、そうか。凍らせることはできる。

だから、凍らせる。


「このままだと確実に死ぬ、だから許せ」

少年の服だけをツルツルに凍らせて、蹴った


「運が良ければ死なずにすむ」


少年の背中は雪を跳ね、音を立ててコースの下へと滑り落ちていった。

蹴った当人は思わぬその勢いに驚いた。

「うあああ」断末魔のような声が聞こえた気がする

仕方がない、不可抗力というやつである。

ああ、しかしやってしまったかもしれない。



それから暫くの間、崖下の明かりを見つめていた。

遠い遠い明るく、温かいであろう場所。人がいるところ。私には縁のないところだ。


ふと己の手を見ると、欠けた指は元に戻っていた。

これは私が雪女であることの証左である。

「熱かったな」

溶けて、元に戻ったはずの触れた指先は、それでもまだ仄かに熱を帯びたままだ。

私には毒だ。

その毒が全身に回ることは無い。身も心も孤独に冷えたままなのに変わりはない。


雪山の奥へと歩きだす。ちらちらと少年の滑った先を振り返りつつ

あても無いままに歩いた。


吹雪はその痕跡も、足跡も

何もかもを真っ白に消してしまった。




数日後、チラチラと雪が降りつつ、青空の見える晴れた日に少年は再びここに現れた。

私はその先をあたかも偶然通りかかったようにして歩く

「おーい、あの、待って」

耳を舐めるその言葉に心が震えた。


ズボズボと雪を踏みしめながら、足音が追ってくる。

逃げるように足を速めると、追いかける足音も大きくなる

私の鼓動も大きくなる。

ああ、この毒が全身に回ればいい。


私は雪女だと説明した。だから関わらない方が良いと忠告もした。

妖怪は時に人を食べる。私はそのような妖怪の一つなのだ。

君に触られたときに何者かは分かった。だけどそれがどうした、と少年は応えた。


純粋な心は、時に道理も何もかもを無意味なモノに変える。

少年は若かったし、情熱に裏打ちされる行動力もあった。


冬の間、毎日現れては同じ時間を過ごした。共に雪山を歩き、滑り、語り合う

下を指さして問う。夜になるとあの方向が光って綺麗だ。あの明かりの中はどうなっているのかと。

明かりは電気というもので光っていて、薪を燃やす暖炉というものがあり、中はとても温かいらしい。

そんなところに行けば溶けてしまうな。と思った。

あの中には常に人が沢山いて、少年はあの中に居る捜索していた一人に助けられたのだという。


「死ぬかと思った」


「蹴った時は私もそう思った」


と答えたら、少年は肩を震わせて愉快そうに笑った。釣られて私も少しだけ笑っていると

少年は急に表情を変え、真剣な眼差しで、私に向き合う。

だから、自然とそれに応えたくなった。


少年の唇に触れて、溶けながら「存在の全てを溶かして欲しい」と訴えた。もう、一人は嫌だから消えたいと。

フルフルと首を振り、拒否をする。


「ダメだ、それより」


「僕が雪男になる方法はないのかな」


と尋ねられたから「ぷっ」っと思わず噴出してしまった。「バカにして」と拗ねたがそうではない。

想像だにしない嬉しい言葉に、己の感情が追い付かないということが可笑しかったのだ。

ああ、冷たい私の生でこのようなことがあるなんて。

毒の回った唇から言葉がこぼれる。


「抱き合って共に死んだら、そうなるかもしれんな」


などと嘯いてしまった。


少年はその言葉を鵜呑みにした。






私は凍らせることしかできない。

現実として、何をしても変わることは無い。

私は雪女で、溶けた身体も雪があれば元に戻るし、死ぬことも無い。

私はまた1つ新しいことを覚えて

己を自覚し、そうして、前より少しだけ


寂しくなった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 雪女は東北人にとっては、一番身近な妖怪だったのかもしれない
[良い点] とてもよかったです。 特に後半、雪女と少年のやりとりが微妙な温度をもって迫ってきました。 ラストの一行、物語全体を結束させた優れた表現だと思いました。 ハーンもびっくり、かな⁉
2018/08/29 16:43 退会済み
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