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踊る犬  作者: 伊藤大地
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二章

二章


二〇十八年の新宿。ここにはいくつかの暴力団などと言われる組がひしめき合っており、東京オリンピックが近付いてきた今、なかなかの問題となっていた。そんな多くの組の中でも特に大きく、全国に五つの支部、そして東京に本部を持ち力を持っていた組が「鴉組」。通称「蒼鴉」と呼ばれる。鴉組は表にはあまり多く出てこないものも、裏では各組合や海外との交流を通し、主に薬や武器の売買を行い勢力を伸ばしていた。さらに先程にも書いたように非常に大きな組であり戦力、知恵ともにあり、そしてなかなか過激であり気に食わない動きなどがあればすぐに銃の打ち合いになる、などの危険もあったため、周りの組から敵視されながらも新宿にある組の中では中心のような存在であった。

警視庁は東京オリンピックがある二〇二〇年までに、海外から来る観光客の安全を確保すべく新宿に潜む暴力団全ての撲滅を密かに目標に掲げ、この年に対策本部を作り上げた。対策本部が考えた作戦としてはまず蒼鴉を潰すこと。蒼鴉ほどの大きな組を潰すことが出来れば他の組も続いて潰すことができると考えたからだ。

まず対策本部が行ったのは東京の新宿、渋谷にある組の支部にそれぞれ三人ずつ潜入捜査として忍び込ませることだ。その六人には具体的に組が具体的に何をやっているのか、また未だよくわからない本部にいる幹部達や組の最高位置につく人物の特定などを命じた。組に入るまでは上手くいったものの、最初の方は高い地位も貰える訳ではなく、なかなか詳しい情報を集めることは出来なかった。それでも半年の潜入捜査で二度の薬売買の取り押さえに成功した。しかし、そこで捕まえた組員が何かを吐くわけもなく、進歩は生まれなかった。また、最高地位のボスはどうやら外国人とのハーフであり、青い目をしている、そして誰も名前を知らないため鴉と呼ばれている、という情報が入ってきた。

一年が過ぎた頃、二つの大きな変化が起きた。一つは新宿支部に潜み捜査していた捜査員が警視庁の人間だということが組員にばれて、撃ち殺されたことだ。このことにより組は他に捜査員がいないか、ということを事細かに調べ出した。しかし、そこで見つかるほど他の五人の調査員も気が抜けているわけがなく、その殺された一人以外はとりあえず見つかることはなかった。そしてもう一つの変化は、調査員の一人が新宿支部の幹部に選ばれたことだ。蒼鴉の地位のトップは本部にいるボスであり、その下に十人の幹部がいる。そしてその幹部の中の五人がそれぞれ支部を与えられ支部長となり、支部長の下に何人かの幹部と組員がいる。そんな中の大体組で三番目に権力がある地位に組員が着いたのだ。対策本部はこのことを非常に喜ぶと共に、捜査員に更なる注意を呼び掛けた。何故なら一人捜査員が殺され、捜査員探しがよく行われているこのタイミングで急な昇進であったからだ。対策本部部長、柳沢はこの昇進を非常に注意して考えていた。


「今回の昇進は本当によくやった。君がこうやって組の中心部に入っていくことで更に暴力団撲滅は現実味を帯びていくだろう。」

「ありがとうございます、柳沢さん…ただ今組にいるんで電話は控えて貰っていいっすか?どこで見られてるかわかんねぇんで。」

「ああ、確かにそうだな、すまん。これからも目標のために精進してくれ。」

「…うす。」

男はそう言って会話を終わらすと、ふぅ、とため息をついた。この男の名は城上、今回新宿支部幹部に昇進した警視庁暴力団対策本部の調査員だ。この男は群れでいることを非常に嫌い、上からの指示も嫌うため警視庁の中でなかなかの厄介者であった。また自分が結果を残すことにも貪欲であったために、共に仕事をする仲間とのいざこざも多くあった。そんな彼が昇進できたのは組から与えられた仕事を警視庁に隠れて非常に多く執行していたからだ。ただ 別に人を殺すなどはしておらず、他の組との薬の売買などを行っていた。とはいえ、薬の売買は完全に犯罪であり、しかも警察への裏切りであるため、それがいくら早く組の中心部へ行くための作戦とは言えどバレる訳にはいけないと彼は隠密に、そして正確に仕事をこなしていった。彼の優秀なところは非常に頭がよく口が周り、隠密行動が得意で、そして運動神経がよく対人格闘が得意であった。つまり性格を除けば非常に、いやむしろ味方が警戒するぐらいに優秀な人物であった。

「城上さん、こんなとこにいたんすか!支部長が呼んでますよ!」

「ああ、わかった。ご苦労だったな。」

この城上に声を掛けてきた少し丸めの体型の男は飯田といい、城上と同じ新宿支部の調査員の一人で、城上の部下だ。とても温厚な性格であり、組織の中で孤独になりがちな城上ともぶつかり合いがなく話すことができ、城上の唯一信頼出来る人物であり、唯一の友とも言える。

「柳沢さんまた組にいる時電話してきたんですか?!もーちょい注意して欲しいですよね…」

丸山さんも殺されて俺らも注意してんだから…と飯田は苦笑いでこう話す。丸山というのは殺されてしまった調査員だ。何やら組の重要な書類を見つけたらしく、それを持ち出そうとしたところ組員に見つかり、その場で撃ち殺されてしまった。

「丸山は先を急ぎ過ぎたんだ。確かに一年掛けて探してきた組の悪事を暴く証拠が見つかったとなりゃ興奮するのはわかる。ただ、絶対に冷静にいなきゃいけなかったんだ。あいつの死を無駄にしないためにも俺らは絶対にそんなヘマしちゃならねぇ。」

飯田は静かに頷き、こちらです。と城上を支部長の元へ案内を始めた。


新宿支部長の名は鷹木という。背は一八〇ほどあり、筋肉質。オールバックの髪型に鷹のように鋭い目を持ち、顔つきもガッチリとしてるため、彼の周りにはオーラが実際に見える、と言われるほど存在感があり、そして力もあった。

「あーその、なんだ?とりあえず昇進おめでとさん、城上?だっけか」

「ありがとうございます、んで要件は何でしょうか?」

鷹木はかなり荒っぽい性格であり、組の中でもなかなか過激な噂が多い方である。ただそんな話があり、明らかに他の組員はとは違うオーラを前にしても怯まないのがこの男城上だ。

「おうおう、そう早まるなって。てめぇを今回昇進させるってとは結構反対の声も多かったんだよ、時期も時期だしおめぇ入団してから一年しか経ってねぇしよ」

「…うす。」

「まあそれでも昇進させたってのはおめぇの働きを認めてのことだ。これからも組のために精進頼むぜ。」

「了解です。変わらず、いやこれまで以上に精進していきます。」

「おう、頼むぜ。それで今回呼び出したのは仕事を早速任せたいからなんだけどよ。」

組の幹部にはなかなか重要な仕事を与えられることが多く、それを知っていたために柳沢始め他の捜査員も組の真相に近付けるのでは…?と、大いに喜んだのだ。そのことを知っていても城上は喜びを一切口に出さずに落ち着いて聞いていた。

「ある書類を東京本部に届けるのを組員に任せたんだけどよ、その届ける様子を遠くから見張っててほしんだよ。」

「…え?それだけですか?」

城上は正直拍子抜けした、というような表情で聞いた。

「そんなことってお前なぁ、本部に届ける資料だぞ?相当重要なものっての分かるだろ?!あとこの運搬にはこの組に潜んでいる残りの犬を洗い出す、という意味も含めている。犬が現れた時におめぇに確実に捉えてほしいのと、書類を護ってもらいたいんだよ。」

ここで言う犬というのは警視庁からの調査員のことだ。組員は警察を犬と呼んでいる。

「それは書類任せたやつがいるならそいつに護ってもらえばいいんじゃないですか?」

城上はまだ不服そうな顔で渋る。

「あーだからよー、ここまで言わせっか?!つまりはその任せたやつを犬と疑ってるってことだよ!!」

鷹木は痺れを切らしたように叫ぶ。

「何故犬と疑うやつに仕事を?そんな大切な書類を渡すとか危険じゃないんすか?」

「そりゃ分かってるよ、けどそんな大事な書類渡されりゃ犬だったらまんまと尻尾出すだろうよ。」

なるほど、とようやく城上は引き下がり仕事を受けた。その仕事は三日後、新宿から電車に乗り、そこから東京に向かう組員三井を見張るというもの。そんな簡単な仕事に対して城上が受け取りを渋り続けたのは仕事が嫌だったからではない。鷹木からより多くの情報を聞き出すためである。なぜこんな仕事を自分に任せたのか、自分の急な昇進の真の目的はなんなのか、そして自分への疑いはあるのか、ないのか。少し長い時間話し、ひとまず自分達への疑いがないことを確認し部屋を出ると、ほっ、とため息が出た。

「どうっした?なんか詳しい情報とか出ました?」

部屋を出ると飯田が外で待っていて、こう聞いてきた。

「取り敢えず俺らはまだ疑われてないみてぇだ、このままいつも通り行動を続けて大丈夫だろう。まあ組の捜査員、いや犬探しは見当はずれの方向に進んで行ってる。」

「そっすかー!良かった良かった!割とこの不思議な時期の昇進には俺も疑問を持ってたんすよねー」

「確かにな。まあひとまずは安心だ。…ああ、そうだ、そういえば新しい仕事を命じられたよ。犬と怪しんでるやつを見張る仕事だってよ。」

ほうほう、と飯田が頷く。城上が飯田に今任された仕事の話を詳しく話すとその見張る人物は一体誰なのか?と飯田は城上に聞いた。確かに見張る人物については鷹木は全く触れなかったため、城上はつける相手なのにも関わらず、全くその人物について知らなかった。

「なぜそいつが疑われているのかとか、どんなやつなのかとかはつける前に知っておいた方がいいな、そっちの方がつけやすいし俺らの今後の行動の注意にも繋がる。よし、つけるやつが誰なのかもう一回鷹木のとこ行って聞いてくる。」

「おす!じゃあ城上さん帰ってきたらそいつについて俺聞き込みしてみますね。…あ、そうだ、この新しい仕事については柳沢さんに連絡入れますか…?」

城上は少し考え、面倒臭いからいい、と断った。先程の電話や、今の態度から、勘のいい人は気づいたかもしれないが、城上と柳屋はあまり仲が良くない。いや、正確に言えば城上が一方的に嫌っている、というのだ。


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