一章 序章
1章
比較的空いた平日の夜の電車に乗り込んで来たその男は、抱えてきた黒塗りのアタッシュケースを座席上の棚の奥に置き、座席に座った。少しすると、違う男が同じ電車に乗り込んできて抱えてきた荷物を先程の男が置いた荷物の手前に置き、先程の男の隣の座席に座った。
しばらく電車に揺られ、ある駅で先に乗ってきた男は荷物を持って電車を降りていった。そしてそれに続くように次の駅でもう一人の男も荷物を持ち、電車を降りた。しかし、この二人には二つ問題があった。一つは二人とも非常によく似た黒塗りのアタッシュケースを使用していたことだ。この二つは正直パッと見では違いがわからない、という程だ。一つ違うと言えば、片方のアタッシュケースの端に蒼い「K」というロゴがついているぐらいだ。そしてもう一つの問題はそのカバンを二人が取り違えたことである。先に電車に乗ってきた男がアタッシュケースを置いたのが座席上の棚の奥。あとに乗ってきた男がアタッシュケースを置いたのは座席の手前。先に乗ってきた男が先に電車を降り、その時に手前の荷物を取ってしまったので、アタッシュケースを取り違えたのだ。確かにほぼ同じ柄では気付かずに持って行ってしまうのもわかる。
そしてその取り違えに気付くのはそれぞれが目的地についた時であった。この取り違えがただの取り違えで済むならば警察に持っていけば解決していたであろう。ただあとから乗ってきた男はこの地域では有名な暴力団の一員であり、間違えられた荷物はその組の幹部から一番上のボスに渡されるものであったのだ。当然大切な機密事項が書いており、多くの警察や、他の組が狙うような情報である。そんな荷物を誤って関係の無い男が取り違えたというのだから大問題である。そしてこの荷物の取り違えから歯車は回り出す。
この物語はその歯車の上で踊る者達の話である。