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2.バニッシュメント

 俺は意気消沈したシドの横を歩く。


「で、どうするんだ」

「くそう、こうなったら作戦変更だ……。待つのはやめて、足を使う」

「次はちゃんと自分で喋ってくれよ」

「わ、わかってるよ!」

「そういえば、どんな女性が好みなんだ?」

「巨乳」


 正直すぎる。


「とりあえず、どこかでご飯を食べよう」

「足を使うんじゃなかったのか」

「わかってないな水元! 一人でご飯を食べてる女性は狙い目なんだよ。腹ごしらえに加えてハントもできて一石二鳥じゃないか」

「ハントってお前……」

「とりあえずここに入ろう」


 そう言ってシドが指差したのは、カレーのチェーン店だった。


「いるか……? 女性……」


 俺の呟きを聞くこともなく、シドは自動ドアを通って店内に入っていく。

 確かに小腹が空く時間帯ではあったし、正直ナンパなどどうでも良かったので、俺もあとに続いた。


    ・・


 案の定、店内は主に中年の男性ばかりだった。

 食券を買って、テーブルでうなだれるシドの横の席に腰掛ける。


「なぜだ……なぜ男ばかりなんだ……」

「むしろさっきのカフェの方が女性は多かったと思う」

「僕は一生彼女ができない呪いにでもかかっているのだろうか……あんな悪友がいるばかりに……」

「むしろミミミと付き合うという選択肢はないのか?」

「ないね。前にも言ったけど」


 即答された。


「あいつがこれまで僕にどんな仕打ちをしてきたか……。それを知らないから、水元はそんなことが言えるんだよ」

「そうなのか? 俺はてっきりそれを楽しんでいるものと」

「僕はそんなにドMじゃないよ!」


 そんなどうでもいい話をしていると、頼んだカツカレーが目の前に置かれた。一方シドの前に置かれたのは納豆カレー。こいつ……本当にナンパする気があるのか……。

 呆れながらカレーを食べ始めると、少し奥の方にいた客が席を立った。


「……ん?」

「どうした? 納豆カレーはあげないぞ」

「いらん。……店の奥を見ろ」


 俺がスプーンで指した先を見て、シドの眼鏡がギラリと輝く。

 それまで図体の大きい客に隠れて見えなかったが、カウンター席でカレーを頬張るショートヘアの少女の姿があった。

 ……ん? どこかで見たことがある……。


「か、可愛い……!」

「行くのか? 巨乳ではなさそうだぞ」

「馬鹿野郎! 胸なんて飾りだ!」


 呆れてものも言えない。

 シドは独特の匂いを放つ納豆カレーの皿を持ち、カサカサと移動する。


「とととなりいいですか?」


 盛大に噛んだが、声をかけられて少女は顔を上げる。


「あ」


 顔を見てようやく思い出した。同じ異能対策室の……物質を消失させる能力者。

 名前は確か、折紙チトセ。珍しい名前だったので憶えていた。


「隣、座ってもいいですか!」

「なぜですか?」


 ようやくはっきりと喋れたシドだったが、真顔で理由を尋ねられて硬直する。


「そそそそそれはその」

「一応俺の知り合いなんだ。一緒に食べないか?」

「……あなたは、確か水元さん」


 良かった、折紙も名前を憶えていてくれたようだ。助け船を出すような形になって不本意ではあったが、同僚なのだし交流しても損にはならないだろう。


「し、知り合いなのか?」

「ああ。早く座れよ」

「あ、悪い」


 シドがようやくカレーをテーブルに置いて座る。俺も腰を下ろし、食事を再開した。

 俺はシドの脇を肘で小突く。


「おっ、あっ、えーと。……ご趣味は?」

「特にありません」


 食事をしているはずなのにシドがげっそりしてきた。もう放っておこう。


「水元さんはお休みですか?」

「ああ。そっちもか?」

「ちょうど仕事終わりでした。今上司が事務的な後処理をしているので、僕はそれを待っています」

「なるほど」


 俺が会話を打ち切ると、隙ありとばかりにシドが口を開く。


「水元の同僚なんだよね? どんな仕事してるの?」

「言えません」


 折紙はこの上なく正しい返答をしたが、それによってシドの心はますます凍りついたようだ。

 さすがに可哀想になってきたな。


「折紙は誰かと交際しているのか?」

「交際ですか?」

「好きな人はいるのか、ということだ」


 その質問に、カレーを口に運ぶ手が止まる。


「……難しい質問です。好き、の定義とはなんなのでしょう」

「それは……一緒にいたいとか、一人の時もその人のことを考えてしまうとかじゃないか」


 折紙はしばらくスプーンの上のカレーを見つめていたが、やがてそれを口にする。

 咀嚼して飲み込んで、小さく首を横に振った。その時、なにかに気づいたように折紙は窓の外に視線を送り、薄く微笑んだ。


「まだ僕には難しい問題です」

「じゃ、じゃあ僕が教えてあげようか!」

「お断りします」


 折紙はシドに止めを刺すと立ち上がり、窓の外にいる男の方へと歩いていく。

 あれは確か、異能対策室の上層部の人間だ。折紙はその男に軽く頭を撫でられ、一緒に歩き去っていった。

 それを見送ってからシドの方を向くと、泣きながら納豆カレーを食べていた。


「……なにか、甘いものでも食べるか」

「……食べる」

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