第八話『西の森』
西の森に着くと、様子がおかしかった。
枝葉が焼けたり、斬られたりしている。
しかも、血痕があちらこちらに飛び散っていて、明らかに戦闘の後が見受けられた。
「状況がヤバいかも。急ぎましょう」
森の中は、先に進む程酷い有り様だった。
しかも、戦闘があってから、そんなに時間が経っていないように見える。
更に進むと、遂に戦闘していたであろう人間が地面に倒れていた。
服装から山賊だと予想が出来た。
「サラ!」
「無理。もう死んでる」
「……」
癒やしの力を頼もうと、サラに視線を向けるが、彼女はゆっくりと首を振る。
それを見て、ミュトスは悔しそうに唇を噛み締める。
だからといって、ここで止まる訳にはいかない。
行きましょう、と前を見据えて、ミュトスは更に進む。
先に行けば行く程、山賊の死体はドンドンと数を増していった。
「一体、何が起こってるの……?」
「これは、戦闘というには、あまりにも一方的だな」
山賊の死体には背後から斬られた後や肉塊のような状態になっているものもあった。
それを見たゴードンが、惨いな、と呟いた。
どうやら、山賊達とそれを殺した奴等とは圧倒的な戦闘力の差があったようだ。
そんな死体の山を通り過ぎると、開けた場所に出た。
ボロボロの遺跡を中心にした、小さな村だ。
どうやら、ここが山賊のアジトのようだった。
そして、ここにも死体があちらこちらに転がっていた。
「……」
「キャアァァァッ!」
眉をしかめるミュトスの耳に、女性の甲高い悲鳴が飛び込んでくる。
ミュトスは声のした方に走り出す。
そして、目撃したのは、ガルムと呼ばれる黒くて大きな犬型のモンスターが、今まさに人を襲おうとしている場面だった。
「わんわん!」
「……ッ!」
犬好きのニーナが、ガルムを嬉しそうに指差している。
ミュトスは、一気に間合いを詰めると、猫パンチを鼻にお見舞いする。
その間に、ブラッドが女性を助け出していた。
ミュトスのスピードならば、モンスターを攻撃して、そのまま女性を助けられた。
しかし、それが出来ない理由があった。
ミュトスは勇者になるまで、普通の村娘だった。
だから、他の勇者と違い、まず職業を決めるところから始まった。
しかし、元来不幸体質のミュトスは、中々に大変だった。
剣を振れば、すっぽ抜ける。
攻撃魔法を使えば、自爆する。
唯一覚えたのは、自分自身を強化する魔法だけ。
しかし、これが、とても強力だった。
特異体質なのか、ミュトスは魔法の効果を重ねる事が出来るのだ。
現段階で、通常時の数十倍の能力を発揮出来た。
但し、これにも幾つか難点がある。
一つはスタミナの問題。
魔力に関してミュトスは、ほぼ無尽蔵なので問題ないのだが、あまり運動した事がないせいか、スタミナが皆無に等しい。
だから、戦闘が長引くと、たまに動けなくなってしまうのだ。
もう一つは、身体能力強化中は、触ったモノ全てにダメージを与えてしまう。
以前、ミュトスは強化中に人質を救出しようとして怪我をさせてしまった事があった。
だからこそ、強化中にミュトスは、人に触れたりしない。
「ブラッド、その女の人は大丈夫?」
「少し怪我してるみたいだけど、命に別状は無さそうよん」
「サラ、回復魔法を掛けてあげて」
「了解」
ミュトスはガルムから視線を外す事なく、次々に仲間に指示を出していく。
鼻を押さえて、怒りの表情を見せるガルムは、口から炎をチロチロと見せる。
火炎を吐くつもりだと気付いたミュトスは、的を絞らせないようにジグザグに動きながらガルムへと迫る。
しかし、吐き出したガルムの炎は広範囲で、ミュトスは炎に飲み込まれてしまう。
「ママぁ!」
「大丈夫よん」
心配するニーナに、女性をサラに任せてきたブラッドが声を掛ける。
二人の視線の先には火炎ブレスを手で払うミュトスの姿があった。
ミュトスの身体能力強化の一つに、魔力で身体を覆う魔法がある。
これが相手の魔法を払う事が出来て、幽霊系も倒す事が出来るという、かなり優れものなのだ。
まあ、戦い方は残念だが……。
元々、村娘だったミュトスは戦い等した事がない。
色々習ってはみたものの、身に付く事はなかった。
結局、猫パンチと駄々っ子パンチで戦う恥ずかしい感じになってしまったのだ。
但し、どんなに恥ずかしかろうと、その一撃は格闘の最高峰『拳聖』より、余程ダメージを与えられるのだ。
「私に、そんな攻撃効かないよ!」
真っ直ぐに向かうミュトスを、ガルムは待ち受けていたように、前足で弾き飛ばした。
流石に油断していたミュトスは、かなりの勢いで壁に激突した。
「この……ッ!」
少し痛かったのだろう、ミュトスの目が鋭く光る。
ガルムは、ミュトスをまるで嘲笑うかのように、高らかに咆哮をあげる。
ミュトスは、カチンと頭に来た。
「お座りっ!」
凄い形相で睨み付けるミュトスに、ガルムはビクッと身体を震わせる。
ミュトスは相手の目を逸らす事なく睨み付けながら、ツカツカと無防備に、ガルムに近付いていく。
「犬、お・す・わ・り」
「きゃん」
威圧感タップリの言葉に、ガルムは悲鳴のように小さく鳴いてお座りした。
その後、ガルムは腹を見せて媚びたように服従のポーズを見せた。
「あいつ、眼力でガルムを手懐けやがった」
「わんわーんっ!」
ゴードンが驚愕する中、ニーナがガルムの元へ走っていく。
辿り着くと、ガシッとガルムの大きな身体に抱き付いた。
「まさか、ガルムを手懐けるとはな」
「誰……ッ!」
先程まで、周りに人は、確かに誰もいなかったはずだ。
声のした方へ視線を送ると、そこにいたのは額に『邪』と書かれた黒い三角頭巾を被った怪しい男が立っていた。
「我は邪教集団の幹部の一人マサラン」
「いやいや、そんな姿で、格好付けられても……」
「うるさい!たかが冒険者風情が調子に乗るな!」
マサランの姿に、ミュトスがケチを付けると、いきなり激昂し罵倒し始める。
激しい罵倒が終わると、マサランは肩で息をしていた。
「それで、邪教集団が何で山賊退治なんてしてるの?」
「ここに勇者が捕らえられていると聞いたものでな」
邪教集団が勇者に何の用があるというのだろう?
ミュトスは疑問に思ってしまう。
それよりも、偽勇者を本物だと勘違いして、山賊を襲う邪教集団……間抜け過ぎる。
「それ偽者。私が本物の勇者だよ」
「へ?」
ミュトスが説明すると、マサランがキョトンとした目を見せて、動きが止まる。
暫くの間、沈黙が世界を支配した。
「誘き出し作戦は大成功だったな」
マサランは、思い切り強がった。
その場にいる殆どが、マサランを白い目で見つめる。
「嘘吐きは泥棒の始まりなんだよぉ」
「うるさいっ!」
「ふぇーん」
流石に、ニーナにも嘘だとバレている。
ニーナはマサランにいけない事だ、と窘める。
それを、マサランは怒鳴り散らした。
じわりじわりと涙が出始めたニーナは、その場で泣き始めた。
「もうっ!ニーナを泣かさないで!」
「ぐはっ!」
一瞬でマサランの所まで詰めると、頭をボカッと殴る。
マサランは、強化中のミュトスの拳に、その場に突っ伏してしまった。
「よし!」
「ハハハッ!流石は勇者ミュトスだ」
「……ッ!」
先程まで倒れ伏していたマサランが、いつの間にか、かなり離れた場所に移動していた。
何かの術でも使ったのかもしれない、とミュトスは少し警戒する。
「それで、私に何の用事があるの?」
まあ、用事があっても簡単に済ませないけどね、とミュトスはマサランの様子を見ながら問い掛ける。
「確かにね。しかし、これならどうかな?」
「!?」
いきなりマサランの姿が消えたかと思うと、女性の回復を終わらせたサラの背後に移動していた。
そして、サラの首もとにナイフを突き付けた。
マサランは、サラを人質にしようと考えたのだ。
しかし、次の瞬間、ミュトスに気を取られてるマサランからナイフを奪い、杖で殴り付けた。
「うわっ!お前、何をする?」
「……」
「ちょっ……止め……」
「……」
サラは、何度も何度もマサランを殴り付けた。
マサランが必死に制止しても、無視して杖で殴り続ける。
「もう勘弁して……」
「……」
マサランが泣きながら謝るが、サラは一向に止める気配はなかった。
そして、完全沈黙。
マサランは白目を剥いて動かなくなった。
「……てへ」
サラは、やっちゃった、と言わんばかりに舌を出す。
いつも通り無表情だったが……。
ゴードンとブラッドは、パーティーの女性二人の恐ろしさに、逆らわないようにしようと誓った。