第七話『査問会』
「結局、助けに行く事になっちまった……」
ゴードンがガックリと肩を落とす。
執務室で、山賊に誘拐された偽勇者をどうするかという話がされた。
領主は、このまま放っておけばいいと言っていた。
しかし、ミュトスが助けに行く、と言って聞かなかった。
で、冒頭のゴードンの愚痴である。
「愚痴ってないで、ブラッドの所に行くよ」
「はいはい」
領主が、宿を手配してくれたので、そこで山賊討伐の準備をする事にして、その前に留守番しているブラッドの元に向かっているのだ。
ゴードンが諦めたように肩を竦める。
野宿専用敷地に着くと、ブラッドの胸が真っ赤に濡れて倒れている姿が目に飛び込んできた。
「ブラッドっ!」
訳が分からない状況に、ミュトスはブラッドの名を叫び、慌てて駆け寄る。
動揺していたのか、手足の動きがバラバラで、足がもつれて転びそうになる。
それでも、何とか足を前へ運ぶ。
頭には、ブラッドとの思い出が次から次へと浮かんでは消える。
「ブラッドっ!」
「……すぴー」
ブラッドの元に辿り着いたミュトスは、もう一度名前を呼んだ。
必死に……。
返ってきたのは、ブラッドの間の抜けた寝息だった。
「……」
「寝てるぅ」
ニーナ以外の全員が、微妙な空気の中で沈黙した。
ブラッドは、ただ寝ているだけだった。
濡れた赤いモノは、どうやら調味料だったようだ。
ミュトスがパチンと指を鳴らす。
すると、ゴードンが寝ているブラッドを担ぎ上げる。
「いやん。何事!?」
「連行しなさい」
目覚めたばかりで、パニック状態のブラッドを、冷たく見上げたミュトスが、ゴードンに指示する。
それは、イビルアイですら目を逸らしそうな程怖かった。
ブラッドを宿屋に連行すると、全員で周りを取り囲む。
「ブラッド、正座」
「はひ」
冷たく言い放つミュトスに、只ならぬ雰囲気を感じ取ったブラッドは、声を上擦らせて、言われた通りに正座する。
「では、今からパーティー内査問会を始めます」
「さ、査問会!?」
「では、ゴードン、彼の罪を教えてあげて」
淡々と話を進めるミュトスに、ブラッドは事態が飲み込めない。
ちょっと待って、と制止するブラッドなど無視して、ミュトスは話を進める。
「ブラッドは、勇者ミュトスが偽者として投獄されたにも関わらず、助けにも来ず、寝ていました」
ゴードンがブラッドに、今まで自分達に何が遭ったか、罪状と称して、話して聞かせる。
そして、その時にブラッドが寝ていたと糾弾した。
「ではブラッド、反論がありますか?」
「偽勇者として投獄って、何!?」
突き付けられた情報に、ブラッドは困惑してしまう。
仲間達の身にそんな事が起こっていたなんて思わなかった。
「反論がないようなので……」
「ちょ、ちょっと待って!えっと……気が付かなかったのよん」
「ほほう。気が付かなかった、と?」
皆、ブラッドの言葉を聞いたか、とメンバーに語り掛けると、ミュトスは嘲るように笑った。
そして、スーッと目を細めると、ふざけるな、と唸るように呟いた。
「昨日の昼から帰らない仲間に気付かなかったというのか!」
「いやー、遅いなー、とは思ったわよ?」
「もういい!」
冗談でも言うように軽く笑って、ごめんね、と呟くブラッドに、ミュトスは首を振って、諦めたようにため息を吐く。
「では、結論を言い渡す。有罪だ」
「ええっ!?」
「ブラッドへの罰は、今日の晩ご飯抜き、以上!」
ミュトスが懲罰を言い渡すと、全員が拍手をして、査問会は終わりを告げた。
ガックリと肩を落としたブラッドに、山賊退治に行くからサッサと準備して、と告げる。
今から偽勇者を助けに行かなければならないからだ。
「それで、何で偽者を助けに行くの?」
「うぐっ!」
事情がわからないブラッドが、ミュトスに尋ねてくる。
流石に、ミュトスは絶句してしまう。
自分達の偽者を助けに行くなんて、お人好しにも程がある。
困っている人間を見ると、助けずにはいられない。
しかし、それがミュトスなのだ。
「私にも色々あるのよ」
「はいはい。いつものでしょ?」
ブラッドも、ミュトスの性格をわかっているので、深くは追求しなかった。
「さあ、山賊退治に出掛けましょう。目指すは西の森だよ」
ミュトスは、皆の準備が出来たのを見計らって、山賊がいるであろう方向を、ビシッと指差した。