第六話『偽勇者』
「これから、どうなるんだろう……」
「このままだと、多分死刑だろうな」
牢の中で、暗い表情で膝を抱えるミュトスに、ゴードンが容赦なく現実を突き付ける。
今の時代、勇者の偽者を名乗れば、良くて死ぬまで強制労働か、最悪死刑である。
「脱獄しちゃう?」
「絶対にダメ!」
「めっ!」
サラの提案に、ミュトスが顔を上げる。
勇者になる前から正義感の強いミュトスは、社会に反するような事を異様に嫌がる。
そんなミュトスの真似をして、ニーナが怒るような仕草をしてみせた。
「はいはい。冗談冗談。そんな事しない」
窘められたサラは、手をヒラヒラとさせながら、拗ねたように横になる。
こんな性格で、サラの職業が神官だと言うのだから驚きだ。
「後はブラッドが、どんな行動を取るかだな?」
一人留守番に残してきたブラッドが、このピンチに気付いて、行動を起こしているかもしれない。
ゴードンは、そう考えていた。
ああ見えても、ブラッドは盗賊なのだ。
危機感知能力に、このパーティーの誰よりも長けている。
たとえ、酒もギャンブルもやらない。
ダンジョンでは罠は殆ど解除できない。
趣味が料理という盗賊だとしても、盗賊は盗賊だ。
「ブラッドだしなぁ」
「大丈夫かな?」
「絶対に無理」
パーティーの殆どが、盗賊としてのブラッドを信用していなかったようだ。
ニーナを除く全員がブラッドの事をアテにはしてない。
「ブラッド、良い人だよぉ」
「うんうん。ニーナは良い娘だね」
一生懸命にブラッドを庇うニーナの頭を、ミュトスが優しく微笑みながら撫でる。
ニーナはくすぐったそうに目を細めた。
その仕草が、ミュトスのささくれ立った心を癒してくれる。
「まあ、サラじゃないが、なるようしかならないな」
「そうだね」
肩を竦めた後、ゴードンは運命の女神の教義を引用して、ゴロリと横になった。
確かに、こんな状況じゃ、なるようしかならない。
皆、状況が好転する事を信じて、横になった。
町に到着したばかりで、こんな事になって皆疲れていたのだ。
一人騒いでいたニーナですら、ウトウトと舟を漕いでいる。
いつしか、全員が眠りについて、牢の中は寝息だけが支配していた。
どれ程の時間が経ったのだろうか、バタバタと外の様子が慌ただしくなる。
「何か遭ったか?」
気配を感じて、ゴードンが目を開ける。
しかし、状況を窺うように、狸寝入りを決め込んだ。
看守が何やら『まさか!?』とか『領主様の通達』だの言っているのがゴードンの耳に入る。
かなり混乱しているようで、看守達が走り回っていた。
「皆、起きろ。何か遭ったみたいだぞ」
「ふえ?」
ゴードンの言葉に、ミュトスは寝ぼけ眼で、涎を拭いながら身体を起こす。
完全に爆睡していたようで、ミュトスは虚ろな瞳でボーっとしていた。
まだ、頭が回っていないようだ。
「状況は?」
「まだわからん」
先に起きたサラが、説明を求める。
しかし、状況が読み取れていないゴードンは首を横に振る。
その時だった。
こちらにやって来る複数の足音が聞こえてくる。
現れたのは、領主の所でミュトス達を捕まえた衛兵の一人だった。
「釈放です。どうぞ、こちらへ」
投獄した時は、物凄く荒っぽかったのに、今は人が変わったかのように丁寧になっていた。
何があったのか、気になる感じだと、ゴードンは訝しげに思う。
檻の外に出ると、衛兵の後ろに人影が見える。
それは見知った人間だった。
「ウォルト!?」
「ミュトスさん、お迎えに来ました」
そこに居たのは、まさかのウォルトだった。
しかし、ウォルトは随分前に、カイドー大陸に旅立ったはずだ。
何故、ここにいるのか、ミュトスは不思議に感じていた。
「いや、実は……」
ウォルトによると、ダイセンの領主とは知り合いらしく、領主から偽勇者の話を聞いたのだそうだ。
もしやと思い、特徴を聞くとミュトスっぽい。
これは確認しないと、と転移魔法を使ってやって来たという事だった。
「ウォルト、ありがとう。助かったよ」
「貸し一つですからね」
本気なのか、冗談なのかわからない言葉を返すウォルトに、ミュトスは、わかった、と笑顔を見せた。
その言葉を満足そうに聞いて、ウォルトは戻らないといけないと、カイドー大陸に帰っていった。
「すみません。領主様がお会いしたいと……」
「え?」
本当に申し訳無さそうに、衛兵は案内しますと歩き出した。
ミュトス達は、何となく嫌だなと思いつつも、仕方なく後ろから付いていく。
案内されたのは、最初にミュトス達が通された執務室だ。
衛兵達がドアを開けると、目に飛び込んできたのは、額を擦り付けんばかりに土下座していた領主の姿だった。
「申し訳ございませんでしたっ!」
「ちょっ……頭を上げて下さい」
謝罪の言葉を口にする領主に、ミュトスが慌てて駆け寄る。
領主はウォルトの言葉に、相当慌てたのだろう、血の気が引いて、真っ青になっていた。
それはそうだろう、本物の勇者を投獄してしまったのだから……。
「こんな私を許して下さるのですか?」
「許します。許しますから、土下座を止めて下さい!」
号泣する領主に、ミュトスは慌てて、コクコクと頷いた。
領主はミュトスの寛大な処置に、感動したようにキラキラとした瞳で見つめてきた。
流石に、ミュトスは領主の顔を注視出来ずに、目を逸らす。
「それで、偽勇者はどうなった?」
領主とミュトスの茶番に飽きたのか、サラがポツリと呟いた。
今も何処かで偽勇者として、悪事を働いているなら、どうにか止めなくてはいけない、とサラは柄になく口にする。
しかし、他のメンバーはわかっていた。
投獄した恨みを晴らすつもりだ、と……。
「衛兵に捕縛命令を出してます」
ミュトスが本物の勇者とわかった時点で、領主はすぐに偽勇者を捕まえるように指示を出した。
そこは領主らしく、対応が素早かったようだった。
「領主様、偽勇者一行を捕らえました」
「良くやった」
「しかし……」
早速、捕まえたという報告が執務室に伝えられる。
しかし、衛兵の口調が、どこか煮え切らない。
「どうしたんだ?」
「それが、偽勇者本人だけは、山賊に誘拐されたらしく、捕らえる事が出来ませんでした」
「ええーーーっ!」
まさかの展開に、ミュトスの声が、執務室中に響き渡った。