第四話『見えない何か』
「皆、準備出来た?」
ウォーマに逗留して三日、ミュトス達はダイセンに向けて、出発しようとしていた。
泊まっている間の宿代は、騎士団が払ってくれていたので、ミュトス達は予算を気にせず、ゆったりとしていた。
とはいえ、いつまでもダラダラする訳にもいかない。
という訳で、出発する事にしたのだ。
ウォルト達は、昨日カイドー大陸に出発した。
船出の朝に、律儀に挨拶に来たのだ。
妙に、晴れ晴れとした笑顔を見せたのが印象的だった。
「それじゃあ、しゅっぱーーつ!」
ミュトスが拳を掲げて、高らかに宣言した。
周りが奇異の視線を、ミュトスに向けていたのには、気付かなかったようだ。
ウォーマの町を後にして、最初の一日は何事もなかった。
次の日、異変に気付いたのはブラッドだった。
「何かの気配がするわねん」
後ろに、チラリと視線を送ると、ブラッドはパーティー全員に小声で伝える。
流石に、盗賊だけあって、ブラッドは感知能力が高い。
「何かって、何?」
「それはわからないけど……」
ミュトスの疑問には答えられなかったが、ブラッドの感覚では、どうやら人ではないようだ。
「しかも、何かの術で姿を隠しちゃってるわね」
意識した事で、サラも存在を感じ取ったようで、何かの方法で調べてわかった。
人ではなく術を使う存在……。
想像すると、背筋が寒くなっていた。
「いつ気付いたの?」
「違和感は村を出た辺りから感じてたけど……」
確信したのは今よ、と説明する。
村から尾行されていたとすると、ミュトスが狙いの可能性が高い。
しかも、術を使う『人ならざるもの』と言えば、間違いなく上級のモンスターである 。
「何処に気配があるか、わかるか?」
「流石に無理ね。漠然と後方にいるのがわかるくらい」
ゴードンの問い掛けに、ブラッドが首を横に振って、肩を竦める。
ブラッドが感じ取ったのは、微かな残り香のような気配だ。
それでは、正確な居場所を特定出来ない。
ミュトスも精神を統一して、気配を探る。
確かに、何かしらの気配を感じる。
しかも、かなり強大な何かの。
「ニーナの魔法では、どうだ?」
「多分、致命傷にはならない」
ニーナの魔法で、この辺りを焼け野原にしても、見えない何かに大ダメージは与えられないとミュトスは感じていた。
術を駆使する上級のモンスターは、かなりの確率で魔法防御力が高い。
「今まで何も無かったし、放って置きましょ」
「そうするか」
見えない存在は不気味だったが、方向性としては全員一致で、取りあえず様子を見る、という結論に至った。
下手につつくと、藪からヒドラになり兼ねない。
ミュトス達は、またダイセンの町に向かい、歩き出した。
「それはそうと、西の塔って、どんなモンスターが出るんだっけ?」
「あそこは、多種多様のモンスターが出現するぞ」
あまり、ダンジョンやモンスター関係には疎いミュトスが、首を傾げながら疑問を口にする。
逆にゴードンは、過去に傭兵をやっていたので、ダンジョン等にとても詳しい。
そこでゴードンは、西の塔について、事細かに話し始めた。
「あの塔は階によって出現するモンスターが違うんだ」
「どういう事?」
「えっとな……」
ゴードンの話によると、西の塔は天まで届く程高くそびえ立っている。
中は、一階づつに分かれており、上に行く程、強い敵が現れるのだ。
最上階は誰も到達した事がなく、レベルが高い冒険者が何組も合同で、攻略を目指している。
「それにしても、不思議な場所ね。モンスターが無限に現れるんでしょ?」
「ああ。奥の部屋に、内側からしか開かないドアがあるんだが、中に魔法陣があって、そこからモンスターが出てくる仕掛けになっているんだ」
ブラッドの疑問に、ゴードンが分かり易く説明する。
ゴードンは、目がキラキラと、少年のように輝いている。
実はゴードンは、古代遺跡の未知な仕掛けが大好きなのだ。
「不思議な塔だね」
「そう。不思議なんだよ。色々と伝説も多いんだ」
興奮してきたのか、ゴードンが前のめりの体勢で、西の塔の伝説を、それはもう嬉しそうに話し始めた。
一つは暗黒時代に、ある天才召喚士が、闇の女王に対抗する力を得る為に、西の塔を作ったというもの。
そして、もう一つは、闇の女王が最上階にいて、冒険者が辿り着くのを待っているというものだ。
「何か矛盾してるんじゃない?」
「何がだ?」
「だって、一つは闇の女王が敵みたいに言ってるし、もう一つは闇の女王がこの塔の主みたいに言ってるじゃない?」
「う……ッ!」
ミュトスの追求に、ゴードンは思わず言葉に詰まってしまう。
しかし、あくまでゴードンは、西の塔に伝わる話をしているだけなので、ミュトスの疑問に、何と返していいかわからずに困ってしまった。
「まあまあ、どちらも一説だから、矛盾する事もあるわよ」
ブラッドがやんわりと間に入る。
そして、こういう伝説には、尾鰭が付いて伝わってくるものだから、と続けた。
「大体、闇の女王だって、伝説の生き物だから」
サラがゴードンをフォローするように口を開いた。
闇の女王は、暗黒時代に世界を牛耳っていたと言われる人物で、謎多き人物である。
闇の女王に関しては、世界の王に君臨したという話にも関わらず、資料が殆ど残っていない。
専門家の中には、復活する魔王とは、闇の女王ではないか、という声もある。
「まあ確かにね」
「ママ、お腹空いたぁ」
ゴードンの話がつまらなかったのか、一人遊びに勤しんでいたニーナが、ミュトスの背中に飛び付いた。
「わっ、とと……」
「取りあえず、休憩にしましょ」
ニーナの突進に、グラリとバランスを崩して倒れそうになるのを、ミュトスは足を踏ん張って、グッと堪える。
「ご飯にしようか」
「やったー」
そんな二人のやり取りを見て、クスクスと笑いながら、ブラッドは昼食の用意を始めた。