第三話『港町ウォーマ』
「着いたーーっ!」
石畳に足を踏み入れて、ミュトスは達成感を表現するように、両手を挙げて、大きく伸びをした。
ミュトス達がやって来たのは、ウォーマという港町だ。
ここから船に乗り、聖竜の神殿がある、カイドー大陸に向かうのだ。
村から、ここまで二週間程掛かった。
村長に村を離れる事を伝えると、清々する、と言っていたが、出発の日に「気が向いたら戻って来なさい」と旅費を渡してくれた。
ミュトスには故郷と呼べる場所が、今は存在しない。
モンスターに滅ぼされて、生まれた村は無くなってしまっていたからだ。
だから「戻って来なさい」という村長の言葉が、新たな故郷が出来たような気がして嬉しかった。
ミュトスは、見送りしてくれた村長に、何度も振り返り、頭を下げた。
それからの道中は、モンスターを討伐しながらの旅だった。
倒したモンスターの武具や牙などを行商人に売って、船代を稼いだ。
食事は、食材になるモンスターを狩って調理する。
そんな二週間で、生活費はかなり余裕が出来ていた。
「今日は、ちょっと良い宿屋に泊まりましょ」
「賛成!」
パーティーの財布を握るブラッドが、二週間の野宿生活を労う為に提案した。
ちなみに、以前はミュトスが財布を預かっていたが、二回無くしてしまい、ブラッドが預かる事になったのだ。
「ママ、お腹空いたぁ」
「そうだね。先にお昼にしよっか」
ウォーマの港町には、この町に寄った誰もが食べるという有名な名物がある。
それは、近場の海で捕れるマジロという魚系のモンスター。
これを、一口大に切り分け、生のままタレにつけて食べるというものだ。
これが、とんでも美味しい。
ウォーマに来た旅客や冒険者は、必ず食べる程である。
当然、ミュトス達も、村に来た旅人や行商人に話を聞いて、いつか食べてみたいと思っていた。
「何処のマジロ料理の店が美味しいかな?」
「折角だし、辺りを見て回らないか」
マジロ料理の事を、ウキウキと考えているミュトスに、ゴードンが町の通りを指差した。
そこには、至る所にマジロ料理の幟が立っている。
流石に、名物と謳っているだけあって、マジロ料理専門店が、何店舗も軒を連ねていた。
「なるべく、安いお店が良いわねん」
「私はお酒が飲める店が良いわ」
「お腹空いたぁ」
全員の頭の中が、マジロ料理でいっぱいになったのだろう。
それぞれ、言いたい事を口にする。
五人は、昼食をより良いものにする為に、色々な店を見て回る事にした。
「何だか、兵隊さんが多いわねん」
町中を歩いて気付いたのだが、兵士や騎士があちらこちらに溢れ返っている。
お店の中も、兵士や騎士で何処もいっぱいだった。
ゴードンが、フルーツの露天商に近付いて、赤い実を一つ手に取り、料金を少し多めに渡す。
「何だか、兵士が多いみたいだけど、何かあったのか?」
「ああ。王国騎士団が、カイドー大陸に渡る前の補給をしてるんだ」
お金を受け取りながら、機嫌良くおじさんが話してくれる。
兵士や騎士達のお陰で、羽振りが良いのだろう。
「王国騎士団……」
「カイドー大陸……行き先が同じねん」
ミュトスには、王国騎士団と聞いて、気になる事があった。
騎士に、知り合いがいるのだ。
もしかしたら、ここに来ているかもしれない。
「大変っ!マジロ料理が売り切れになっちゃってる」
我慢出来ずに、一人店を探していたサラが、慌てた様子で戻ってきた。
先程まで、知り合いの騎士の事を考えていたミュトスだったが、サラの言葉に頭の中が一気にマジロ料理で一杯になる。
「何で、無いの!?」
先程の憂い顔とは打って変わって、ミュトスはオーガの形相を見せていた。
あまりにも怖過ぎて、通り掛かった厳ついおじさんが、ちいさく『ひっ』と悲鳴を上げた程である。
「王国の兵士や騎士団が食い尽くしちゃったらしいわ」
「もう……ご飯、食べられない?」
サラの説明に、ニーナの瞳からジワッと涙が滲み出てくる。
それに反応したのがミュトスとサラだ。
「おのれ……王国騎士団め。ニーナを泣かせるなんて……許さない」
「そうだ。今から文句を言いにいっちゃいましょう!」
「ち、ちょっと待て、お前等……」
怒りで我を忘れそうなミュトスを、サラが更に煽る。
盛り上がる二人に、ゴードンが慌てて止めに入る。
普段なら、ミュトスがサラを窘めるのだが、今は一緒に興奮している。
このままだと、本気で王国騎士団に殴り込みを掛けそうな勢いだった。
「取りあえず、他の店も聞いてみましょ」
サラだって、全店に聞いた訳じゃないんでしょ、とブラッドが二人を窘める。
何処かにマジロ料理が食べられる店がある事を願って歩き出した。
何店舗か回ってみて、売り切れが続くにつれて、ミュトスの表情が怖くなっていく。
しかも、すれ違う騎士を睨み付ける始末だ。
ブラッドとゴードンが、まあまあと宥めていた。
「あれ……?」
睨まれていた騎士が不意に振り返る。
その顔に、ミュトスは見覚えがあった。
三年前に、何日か、一緒にいた事がある少年騎士だ。
「ウォルトっ!」
「ミュトスさん、こんな所で会うなんて奇遇ですね」
再会したのは、戦いの女神に選ばれた、勇者ウォルトだった。
ミュトスが勇者に選ばれ頃に王都で、もう一人の勇者ミリアンと共に生活していたのだ。
「ここで会ったが百年目!マジロ料理の恨みーーっ!」
「ええーーっ!」
そんな感傷的な気持ちは何処へやら、マジロ料理を食べたい気持ちが極限に達したミュトスは、ウォルトへと飛び掛かっていった。
これにはウォルトも思いもよらなかったらしく、反応出来ずに押し倒されてしまう。
「マジロ料理用意しますからっ!」
まるで、殺さないでくれ、と言わんばかりに叫ぶ。
それ程までに、ミュトスには鬼気迫るものがあった。
ミュトスの言葉から意図を感じ取ったウォルトは、助かる術をマジロ料理に託したのだ。
「ホント!?」
「はい。船に何匹か捕まえたのがいますから」
ようやく、ミュトスの表情が軽くなって、ウォルトは正解を見つけたと言わんばかりに話を続ける。
その話に、ミュトスとサラの目がキラキラと輝く。
「どうぞ、こちらです」
ウォルトが先頭で案内されたのは、一隻の軍艦だった。
カイドー大陸に渡る船だろう。
似た感じの軍艦が、何隻も停泊していた。
軍艦の中の士官室のような場所に通されたミュトス達は、その場を離れたウォルトを待つ。
しばらくするとウォルトが、料理を運ぶ部下を連れて、部屋に戻ってくる。
ようやく、ミュトス達の昼食が始まる。
マジロ料理に舌鼓を打ちながら、皆が笑顔になっていた。
「美味しいね」
「美味しいねぇ」
ミュトスがニーナに笑い掛けると、ニーナは真似して、ニッコリと笑った。
一人サラだけは、酒がないとブツクサ言っていた。
「ところで、この町には何をしに来られたんですか?」
「聖竜の神殿に行こうと思ってるの」
ウォルトがテーブルに肘を置き、手を顔の前で組んで、ミュトスに尋ねる。
ミュトスはホワホワと幸せそうな表情で、今回の旅の目的を答えた。
「それは良い!と言いたい所ですが……」
今は止めた方がいい、と続ける。
真剣な表情だった。
その雰囲気だけで、何か余程の事が起こったであろう事が窺えた。
「何か遭ったの?」
「何処かの馬鹿が、聖竜の卵を盗んだらしいんです」
ウォルトによると、卵を盗まれた聖竜は気が立っていて、とても試練が受けられる状態ではないとの事だった。
犯人は、まだわかっていないが、神殿の近くで邪教集団の姿が目撃されているらしく、ウォルト達は怪しいと睨んでいた。
ウォルトは、聖竜の卵を盗んだ犯人の究明と討伐の為に、カイドー大陸に向かうと話してくれた。
「これから、どうしよう……」
「西の塔なんて、如何ですか?」
西の塔はダイセンの町の近くにあるモンスターが巣くう塔なのだが、倒しても倒しても、モンスターが湧き出してくるので、その湧き出すモンスター目当てに、冒険者達が集まってきていた。
冒険者達の、ちょっとした修行の場になっている。
「西の塔……」
「まあ、急な話ですからね。部下に言って宿屋は押さえてますので、ゆっくり考えられて下さい」
「ありがと」
「……」
正に、至れり尽くせりだった。
このウォルトのおもてなしが、彼の人格によるものか、ミュトスに対して何かがあるのかわからずに、ミュトス以外のメンバーは対応に困るのだった。