第二話『昼食』
部屋の中を良い匂いが立ち込めている。
キッチンにはブラッドが立っていて、鼻歌混じりでお昼ご飯の用意をしていた。
ここは、勇者ミュトスの為に、村長が与えてくれた、使っていないボロボロの民家だ。
民家と言っても、かなりの広さで、部屋数が7つもある。
しかも、掛け流しの温泉がついているのだ。
但し、使わなくなって、かなり経っていたようで、借りた日にパーティー全員で大掃除をした。
他の勇者と違い、ミュトス達は功績を上げていない為に王都に招かれていない。
という訳で辺境の小さな村で、弱いモンスター退治で生計を立てていた。
「お腹空いたー」
「もうちょっとで完成よん!」
匂いに釣られたのか、ニーナがタタタッとキッチンに来て、昼食の催促をする。
それに応えるように、ブラッドはフライパンを煽り、食材を宙で踊らせる。
それをキラキラとした瞳で、ニーナは見ていた。
ニーナの熱い視線を背中に受けながら、ブラッドは出来上がった料理を大皿に盛っていく。
何種類かの料理を作り終えて、それを皆が待つテーブルへと運んだ。
後ろから皆のコップを盆に乗せて、ニーナがヨタヨタと、危なかっしい足取りで持ってくる。
「んしょ……んしょ」
「ご苦労さん」
ゴードンが、ニーナから盆を受け取り、水の入ったコップを並べていく。
コップを手放したニーナは、タタッと小走りで着席した。
サラは、それを見ながら酒を煽る。
自分では動こうとはしない。
「いただきましょ」
今居る全員が席に着いて、昼食が始まる。
その中にミュトスの姿が見当たらない。
「ミュトスは?」
「村長の所だ。まあ説教だろうな」
いつもの事である。
クエストでは必ず何かしらの被害が出てしまう。
ミュトスの不幸体質が少なからずあるが、実際は他のメンバーの雑で豪快な行動が一番の原因だろう。
最初は穏やかだった村長も、度重なる被害に、最近は良く雷を落としていた。
「さて、もう一眠りしちゃおうかな」
「お前は、本当に不良神官だよな?」
昼食を終えたサラは、一つ大きく欠伸をしてから、席を立ち、部屋へ向かう。
その背中に、ゴードンは呆れたように声を掛けた。
「何せ、うちの神様の教えが『なるようにしかならない』だもん」
サラが仕えているのは、運命の女神である。
全てを受け入れ、運命に身を任せる。
それが教義だった。
決して、サラのような生き方を推奨する神様ではない。
あくまで、サラが特殊なのだ。
サラは、手をヒラヒラと振って、おやすみと部屋へ戻っていく。
ゴードンは、ヤレヤレと肩を竦めながら、ため息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
「出掛けるの?」
「ああ。バイトに行ってくる」
ブラッドの言葉に、ゴードンはヘルメットを被り、ツルハシを肩に担ぎながら、出口に向かう。
このパーティーは、クエストの報酬だけでは生活出来ない。
仕方なく、ミュトスやゴードン、ブラッドがバイトをして生活費を補っている。
ちなみに、ゴードンが使っているヘルメットとツルハシも呪いの道具である。
『魔神のヘルメット』は力が二倍になる代わりに体力が二倍減る。
『死神のツルハシ』は速さが二倍になる代わりに体力が二倍減る。
工事ははかどるが、あっという間に体力が無くなってしまう訳だ。
ゴードンだからこそ使えるのだ。
「ただいま……」
ゴードン入り変わるように、ミュトスがぐったりとした様子で帰ってくる。
村長に、かなり怒られてきたようだ。
入り口の脇にある薪割り用の切り株に腰掛けると、うなだれて、お腹空いた、と呟いた。
「おかえり。今日のお昼は、ミュトスの好きなコカトリスモドキの炒め物よん」
「ホントに!?」
料理名を聞いた途端、ミュトスはガバッと顔を上げる。
コカトリスモドキ料理は、ミュトスの大好物である。
この料理が食卓に出ると、ミュトスのテンションが一気に上がる程だ。
ウキウキとテーブルに着いたミュトスだったが、顔が曇る。
「残ってない……」
「結構、沢山作って、余ってたのよ?」
深めの皿には何も入っていなかった。
大食漢のゴードンが食事を終わらせた時には、まだかなりの量が入っていたと、ブラッドは記憶していた。
サラが酒の肴に持っていったにしても、全然残ってないというのは、おかしな気がする。
ブラッドは取りあえず、サラに尋ねに行ってみる事にした。
部屋から出て来たサラは、昼食時にあれだけ飲んだにも拘わらず、不思議と酒の臭いを感じなかった。
ブラッドが、無くなった昼食の話をすると、意外な答えが返ってきた。
「ニーナが持っていっちゃったわよ」
サラの話によれば、ここ何日かニーナが食料を、村の外に運び出しているという事だった。
「野良犬にでも餌をあげてるのかしら?」
「うぅ、私のコカトリスモドキが……」
「落ち込まないの。今からコカトリスモドキの唐揚げ作ってあげるから」
帰ってきた時よりも、更にがっくりとうなだれるミュトスに、ブラッドは笑顔でウィンクをした。
見る見るうちに、ミュトスの顔が、キラキラと笑顔になっていく。
やったー、と両手を挙げて喜ぶ姿を見て、ブラッドはクスクスと笑いながら、キッチンへと向かった。
ササッと唐揚げの調理を済ませ、パンに挟んで、腹ぺこのミュトスに出す。
幸せそうに食べるミュトスを眺めながら、ブラッドは今後について話を切り出した。
「これから、どうしたものかしらねん」
「遺跡……なくなったし、ね」
この村の近くには、クエストが出来るような場所は、あの遺跡しかない。
最低限、勇者として行動する為には、クエストは必須である。
「聖竜の神殿に行ってみない?」
聖竜の神殿とは、至高神の使いである聖竜が守護する神殿である。
色々と試練を与えてくれて、クリアするとレアなスキルやアイテム、武器を貰える素敵な場所なのだ。
しかも、神殿は勇者しか利用出来ない。
他の二人の勇者は、早い段階でクリアしていて、残すはミュトスだけだった。
聖竜も、さぞや待ちくたびれている事だろう。
ミュトスも、以前から行ってみたいと思っていたのだが、敷居が高そうで、ついつい後回しになってしまっていたのだ。
「良い機会……かもしれないね」
「でしょ。前向きにいきましょ!」
皆が帰ってきたら、提案しましょ、とブラッドはミュトスに笑顔を見せた。