第十四話『追跡者の正体』
久しぶりの投稿です。
アンは私達が止める間もなく呪文を唱え終わる。
すると、今まで注意深く探らなければわからなかった気配が露わになる。
邪悪なものではない。
まず受けた印象はそれだった。
しかし、その圧倒的な存在感に驚かされた。
強力な何かだろうとは思っていたが、まさかここまでだとは……。
そして、その見た目、白銀に輝く鱗纏った、とても綺麗な竜だった。
思わず、ミュトスは見惚れてしまう。
だが、その大きさは普通の竜よりもかなり小さめだ。
恐らく、まだ幼体だろう。
「たまぁ」
その場にいる全員が呆然としている中、ニーナだけが白銀の小竜にトテトテと駆け寄っていく。
状況が判らず唖然としていたが、ミュトスはニーナの行動に我に返った。
小さくても、邪悪なものでなくても、竜は竜。
危険な事には違いない。
「ニーナ、離れて!危ないわよ!」
慌ててニーナに駆け寄るミュトス。
小竜は自分に近付くのを感じたのか、ゆっくりと頭をニーナに向けた。
小竜とはいえ、防衛本能はあるだろう。
知らない人間が近づけば危害を加える。
ニーナは好奇心旺盛だ。
そのせいか、危険な目に何度も遭っている。
その度に言い聞かせてはいるが、珍しいものや動物、モンスターなどを見ると忘れてしまうようだった。
ニーナの身体に、その鋭い牙が届く。
間に合わない!
ミュトスは、届かないとわかっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。
「くるぅ」
しかし、小竜は傷付けるどころか甘えるような仕草でニーナにすり寄っていた。
「へ?」
誰もが何が起こったのか判らずに呆けてしまう。
ニーナは小竜の行動にくすぐったそうに目を細め、小竜にしがみついている。
仲良さそうな一人と一匹の微笑ましい光景。
「ニーナ、大丈夫……なの?」
「うん。たま、ともだち」
たま、とはニーナに懐いている小竜の名前であると推測できた。
しかも、ミュトスにはその名前に聞き覚えがあった。
そう。
村でニーナが餌を与えていたらしい、野良犬だか野良猫だかの名前だったはずだ。
まさか小竜の名前だったとは思いもしなかった。
「ほぅ、聖竜の幼体とは珍しい。まさか、生きてる間にお目にかかれるとはのぅ」
「えっ?この小竜って、聖竜の子供なのっ?」
「うむ。この聖気、間違いないのじゃ」
長生きはするものじゃ、と感嘆の溜息を洩らすアンにミュトスは驚愕する。
五千年生きたアンでさえも、目の当たりにする事がないほど聖竜の幼体というのは珍しいのだ。
不意にミュトスの頭の中に疑問が過ぎる。
そんな珍しい聖竜の幼体が、何故あの辺境の寂れた村にいたのか、という事だ。
しかも、聖竜の卵は何者かに盗まれたらしいとウォルトがいっていたはずだ。
「ニーナちゃん、この子どうしたの?」
「怪我してたのぉ」
ブラッドの質問に、自分が悪い事をしたかのように感じたのか、シュンと俯いて上目遣いで言い訳をするようにトツトツと話を始めた。
ニーナの説明は中々分かりにくかった。
要約すると、村外れの森に遊びに行った時に怪我をした子竜がかなり弱っていた。
ニーナはおやつとして持っていたブラッド特製のミノタウロスモドキの串焼きを半分渡した。
すると、子竜は喜びニーナに懐いたという。
そんなに簡単に懐くものだろうか、とミュトスは思ったが口にはしなかった。
ニーナは不思議と動物や動物型モンスターに好かれる傾向にある。
それが生来のものかはわからないが……。
「……竜だ」
「あんな竜見た事ないぞ」
「大丈夫なのか?」
「今、聖竜の幼体とか言ってなかったか?」
ニーナに事情を聴いているうちに、周りにはいつの間にかチラホラとギャラリーが集まりつつあった。
それはそうだろう、ここは西の塔とダイセンの街を繋ぐ唯一の道だ。
西の塔にチャレンジする冒険者は腐る程いる。
これはまずいかもしれない。
ミュトスは一先ず人目を避けようと考えた。
しかし、それは一足遅かった。
突然、目の前に魔法陣が現れ、光の柱が立ち上る。
「気を付けろ!転移魔法だ!」
ゴードンが全員に注意を促し、背中の大剣に手を掛け戦闘態勢に移行する。
その言葉にニーナ以外の全員が各々の武器を構えた。
ニーナだけは何が起こっているのかわからずに子竜にしがみ付いたままキョトンとした顔をしている。
転移してきたのは一人ではなかった。
十人程度の白銀の鎧に包まれた、所謂騎士だった。
恐らく、聖騎士と呼ばれる者達だろう。
「あれ、癒やしの女神の騎士団よ」
子竜の話の時には、全然興味なさそうに自分の杖で地面にお絵描きしていたサラが、緊張した面持ちでミュトスに耳打ちする。
普段なら誰が相手でも傲岸不遜な態度のサラがこんな表情をするのは珍しかった。
しかし一体何故、癒やしの女神の騎士団がこんな場所に転移魔法まで使ってきたのだろうか?
ミュトスは首を傾げてしまう。
もしかして、アンを塔から連れ出したのがバレて、それを咎める為にやってきたとか?
ミュトスの頭の中でグルグルと考えを巡らせる。
「目の前の勇者パーティーを全員捕らえなさい」
鈴のような凛とした声がしたかと思うと、騎士団を割って一人の司祭服を着た少女が現れた。
その少女にミュトスは見覚えがあった。
いや、馴染みがあると言っても過言ではない。
何故なら一時期一緒に暮らしていたからだ。
「ミリアン!」
「お姉様……こんな形で再会するとは思いませんでしたわ」
悲しそうに目を伏せるミリアンに、ミュトスは訳が判らず呆然としてしまった。