第十話『五十階』
「えいっ!やぁっ!」
迫り来る死霊騎士を相手に、ミュトスはナヨナヨと猫パンチを繰り出して、ドンドン仕留めていく。
ミュトス達は順調に階を進め、とうとう五十階に達した。
入った瞬間に、奥の部屋から続々と死霊騎士が現れた。
そして、戦闘が始まったのだ。
少し離れた所で、ゴードンが大剣を振るい、死霊騎士を一度に何体もバラバラにしていた。
「ミュトス、ゴードン!ニーナの魔法がいくわよん」
「了解」
ミュトスとゴードンは、ブラッドの声に反応して、バックステップで死霊騎士から離れる。
次の瞬間、荒れ狂うような激しい炎が死霊騎士を包む。
本日三発目の最強火炎魔法に、何体かが崩れ去る。
しかし、ニーナの魔法は使えて後一回が限界だった。
炎が治まり掛けるのを見計らって、ミュトスとゴードンは、また前に出る。
煙を上げながら、炎から現れる骸骨達に、また猫パンチを食らわせていく。
サラも浄化の術を連発して、一気に何体も砂のように崩れ去らせていた。
恐怖心のない死霊騎士は、それでも前へ進んでくる。
ゴードンの身体には、斬り傷があり血が滴っている。
致命傷ではないにしろ、ダメージは溜まっていく一方だ。
それでも、ゴードンは大剣を振るって、死霊騎士を殲滅していった。
と、ミュトスの様子が激変する。
ドンドンとスピードが落ちて、死霊騎士に押され始める。
汗が溢れ、滴り落ちるミュトスは、遂にその場に手を付いて動けなくなる。
スタミナ切れだ。
死霊騎士達は、その場にうずくまるミュトスに次々に剣を突き立てていく。
魔法で防御力が上がっているが、それでもダメージが通っている。
「ミュトス!」
「ごめん」
ゴードンが剣技でミュトスに群がる死霊騎士を吹き飛ばすと駆け寄ってきた。
憔悴した表情を見せるミュトスは、助けに来てくれたゴードンに詫びをいれた。
「ブラッド、ミュトスを後衛に」
「了解よん」
ニーナの傍から離れると、ブラッドはミュトスを担いで、後ろに下がる。
ゴードンは一人で死霊騎士を相手にし始めた。
ニーナの元まで戻ると、ブラッドはミュトスに魔法薬を飲ませて横にする。
短く荒い息をするミュトスに後ろ髪を引かれていたが、ブラッドは弓を構えて、ゴードンの援護に回る。
しかし、強力な前衛を失って、ジリジリと押され始める。
「マズいわねん……」
「ニーナ、氷の魔法を放つといい」
「わかったぁ」
サラがニーナに魔法を指示する。
ニーナは、言われるがまま、氷の魔法を準備する。
「いくよぉ」
「どわーーーっ!」
いち早く気付いたゴードンが、ニーナの魔法より早く、死霊騎士から慌てて飛び退いた。
一気に辺りが凍り付き、空間の半分が死霊騎士共々氷の壁になってしまう。
その場に転がったゴードンは、ズンズンとサラの元にやってきた。
「何しやがる!危うく氷漬けになるところだったぞーーーっ!」
「チッ」
「今、舌打ちしやがったな」
「暫く時間が稼げたから良い」
ゴードンがサラを怒鳴りつけると、軽く舌打ちを返される。
毎度の事ながら味方の攻撃が、ゴードンにとって一番気を付けなければいけなかった。
しかし、サラの言う通り休む程度の時間が稼げた。
何となく、納得いかないモヤモヤとしたモノを感じながらも、ゴードンは魔法薬を飲んで傷を治す。
「ミュトスは?」
「随分と落ち着いたわねん」
ミュトスはスタミナ切れを起こすと、体力回復の為に睡眠状態に陥る。
数分間の睡眠でスタミナが随分と回復するのだ。
「ニーナは魔法は使えそうか?」
「ニーナ、魔力空っぽだよぉ」
ニーナは、ゴードンの質問にブンブンと首を振る。
サラに視線を送ると、こちらも目を伏せて無言で首を振る。
沈黙だけが、その場を支配していた。
静けさを打ち壊すようなガンガンという音が聞こえてくる。
「もう動き出したか?」
「ちょっと待って。何かおかしいわよん」
死霊騎士達の剣が氷を叩くような音ではない感じだ。
重たい何かがぶつかるような音だった。
そして、氷の壁が弾けんで、現れたのは骨の竜ボーンドラゴンだった。
これは死霊騎士が合体して現れる、かなり強力なモンスターである。
五十階最後の敵で、こいつを倒す事で上への階段が出現するのだ。
「さあ、やるぞ」
「ミュトスが復活するまで頑張るわよん」
ボーンドラゴンは簡単には倒せない。
回復能力が高いのでダメージを蓄積するような戦いでは倒せなかった。
大ダメージを一気に重ねて、体力を刈り取るしかない。
しかし、その為にはミュトスの力がどうしても必要なのだ。
だから、ミュトスが起きるまで時間を稼がなくてはいけない。
氷を破壊して、ズン、ズンと寄ってくるボーンドラゴンに、ゴードンは真っ直ぐに向かっていく。
ブラッドは気を逸らそうと、移動しながら弓矢を使う。
「こっちよん」
「ほら、こっちだ、こっちだ!」
ボーンドラゴンは二人の攻撃に対し、鬱陶しそうに咆哮をあげる。
その咆哮が衝撃波のようにゴードンとブラッドの横を通り過ぎていく。
耐えるように動きを止めた瞬間、ボーンドラゴンの前足が、ゴードンを捉えて弾き飛ばした。
「ぐは……ッ!」
「ゴードンっ!?」
そのまま、壁に激突して吐血する。
そして、そのまま動かなくなった。
流石にマズい、とブラッドがゴードンに駆け寄ろうとしたところを狙われた。
瞬間的に避けようとしたが、爪がブラッドの胸に当たり切り裂いた。
「が……は……ッ!」
鬱陶しい二人の敵を駆逐したボーンドラゴンは、また高らかに咆哮をあげた。
絶望的だった。
残ったニーナとサラを駆逐する為に、まるで恐怖を煽るように、ゆっくりゆっくりと近付いてくる。
「お待たせ!」
「ママぁ」
ニーナの背後で寝ていたミュトスが、すくっと立ち上がった。
ニーナが嬉しそうに振り向いて呼ぶ。
ミュトスはニーナにニコッと笑い掛けると、ボーンドラゴンを睨み付けた。
「よくもゴードンとブラッドに酷い事したね」
絶対に許さない、と唸るように呟くと、ミュトスは一気にボーンドラゴンに詰め寄ると、拳を握り締め、やたらめたらに腕を振り回した。
ミュトス必殺の駄々っ子パンチだ。
しかも、怒りが頂点に来ていたからか、身体能力強化が通常の三倍ぐらいになっていた。
ボーンドラゴンは狙い澄ましたように、前足でミュトスを攻撃する。
ミュトスはそのまま突っ込んでいく。
「うりゃーーーっ!」
妙な叫び声をあげながら、駄々っ子パンチを繰り出した。
攻撃してきた前足を弾き飛ばし、頭、身体を一気に破壊した。
ボーンドラゴンはミュトスの攻撃に、身体を横たえて、そのまま霧散した。
と同時に、ミュトスはその場にへたり込む。
通常の数倍の身体能力強化は、一瞬にしてミュトスのスタミナを奪った。
「終わった……」
「大丈夫?」
サラがミュトスの顔を覗き込む。
後ろには、ゴードンやブラッドの顔も見える。
サラが、ミュトスがボーンドラゴンと戦っている間に、魔法薬や癒やしの力で治したようだった。
「良かった。無事だったんだね」
「ああ。それより、宝箱が出現してるぞ」
「ホントに!?」
ミュトスは、不幸体質のせいか、アイテムドロップした事が殆どない。
衰弱状態も忘れて、ミュトスは思わず宝箱を確認する。
ミュトスの目に確かに宝箱が入った。
「うぅ、戦闘、何回振りだろう?」
「ほら、ミュトス、開けてみなさい」
「うんっ!」
サラに促され、ミュトスは宝箱の元に近づいていく。
敵が強敵だっただけに、中身が凄く気になりながら、ミュトス宝箱を開ける。
中に入っていたのは古代文字が刻まれた腕輪だった。
「マジか……」
腕輪を見た瞬間、ゴードンは明らかに動揺した。
それは、超が付く程のレアアイテム『幸運の腕輪』だった。
装備した人間に、途轍もない幸運を授けるというアイテムだ。
装備した人間が一夜にして大金持ちになった事もあるのだという。
売れば、一生遊んでも遊び尽くせない程の金額になる。
「もしかすると、ミュトスの不幸体質も治るかもな」
「そんなに幸運が授かるの!?」
ミュトスは腕輪を見つめて、驚愕する。
自分の不幸体質が治るかもしれないなんて考えもしなかった。
「填めてみれば?」
「いいの!?」
「もちろんよん。ミュトスのお陰でクリア出来たんだから」
「じ、じゃあ、お言葉に甘えて」
ミュトスはパーティの好意に、目を少し潤ませて、いそいそと幸運の腕輪を装備する。
その瞬間、古代文字が光り出し、そして腕輪は砕け散った。
「え……?」
ミュトスは目の前の出来事に、唖然としてしまう。
どうやら、ミュトスの不幸体質が強過ぎて、幸運の腕輪が耐えられなかったようだ。
空気が凍り付く。
皆、黙っていた。
いや、口を開けなかったのだ。
誰もミュトスに掛ける言葉が見つからなかった。