第一話『パーティー』
王都から、かなり離れた小さな村。
その村から更に離れた遺跡……。
その奥から地響きに似た音や唸り声のようなモノが聞こえてきていた。
「何で、こんなにいるのよ!?」
「予定では十匹ぐらいだったはず」
このパーティーのリーダーで、勇者のミュトスが大群で押し寄せてくるゴブリンの群れから逃げながら、仕事を請け負ってきて、隣を走る神官のサラに文句を投げ掛ける。
サラはと言えば、飄々とした表情で、わからないとばかりに首を傾げて、肩を竦めている。
「ママ、疲れたぁ」
魔術師のニーナが少しずつ遅れ始める。
ちなみに、ママとはミュトスの事だが、本当の娘という訳ではない。
ミュトスが勇者に成り立ての時、邪教の研究所に捕まっていたのを助けたのだ。
見た目は、十五、六歳ぐらいだが、ニーナの精神年齢は六歳ぐらいしかないらしく、助けてくれたミュトスを『ママ』と呼び、慕っていた。
そのニーナの遅れを気にしながら、ミュトスがどうすべきか考えていると、隣を走っていた巨漢の男がスピードを緩めて、遅れているニーナを担ぎ上げた。
戦士のゴードンだ。
筋肉の塊のような巨躯に、禍々しい黒い鎧を身に纏っている。
背中には、これまた禍々しいオーラを放つ大剣を背負っている。
「ニーナは任せろ!お前等は気にせず走れ!」
追い付かれるぞ、と続けて、ミュトスとサラを追い抜いていく。
ゴブリン達は、ドンドン数が増やしながら、土煙を上げて、追い掛けてくる。
息吐く暇がない。
そんな時だった。
ゴブリン達の足元に、三本の矢が次々に突き刺さる。
矢の放たれた方向に視線を送ると、そこには後ろに髪に結んだ綺麗な顔の男性が弓を構えていた。
「いやーん。みんな、お待たせ」
オカマだった。
彼は、盗賊で多彩な武器を扱うブラッド。
この遺跡の入口付近で、落とし穴に引っ掛かり、あっさりと戦線離脱していた。
盗賊なのに……。
そんなブラッドの牽制のお陰で、先頭のゴブリンの足が止まり、バランスを崩して、将棋倒しになっていく。
「うおぉぉぉっ!」
その隙を、ゴードンは見逃さなかった。
ニーナを地面に降ろすと、背中から漆黒の大剣を引き抜いて、獣のように吼えながら、一気にゴブリンの群れに突っ込んでいく。
一匹……また一匹と、ゴブリンを斬り伏せていくゴードンだったが、徐々に態勢を整えていくゴブリン達に押され始める。
遂には、ゴブリンの群れに飲み込まれてしまい、その姿は見えなくなった。
「ゴードンっ!」
「ニーナちゃん、やっちゃいなさい」
「はーい」
仲間のピンチに悲痛の声を上げるミュトスの横で、サラが軽い感じで、ニーナに魔法を指示していた。
ニーナは、手を挙げてサラに答えると、呪文を唱える。
それは氷結系最強の呪文だった。
ニーナは上級の魔法は使えるが、ちょっとした魔法は何も使えない。
全くと言っても良いぐらい応用が効かないのだ。
「ちょっと待……」
ミュトスが止める間もなく、ニーナの呪文が発動した。
ゴードンがいるであろう場所を中心に、一気に凍り付いていく。
全ゴブリンが氷漬けになっていた。
当然、その群れの中にいたゴードンも氷漬けである。
このパーティーでは、このような事が度々起こっていた。
ピンチを打開する為に、ゴードンが敵に突っ込んで、彼を巻き込んで最強魔法を放つのだ。
「あーあ。やっちゃった……」
目の前の光景に、ミュトスは肩をガックリと落とす。
確かに、状況は打開されるが、ミュトスはもう少しゴードンに優しい戦略もある気もするのだ。
どうせ面倒臭い事になるのだから……。
サラとニーナがハイタッチしていると、目の前の氷の壁に、ピシッとひびが入る。
ひびはドンドン大きくなり、それに呼応するかのように、地鳴りのよう咆哮が大きくなってきた。
氷の壁が弾け、中からゴードンが雄叫びを上げながら現れた。
しかし、目の前のゴードンの様子がおかしい。
瞳に意志はなく、獣のように雄叫びを上げるゴードンは、とても理性があるとは思えない。
ゴードンは過度なダメージを受けると、呪いの効果で狂戦士化してしまう。
では、何故、そんな物を装備しているのか?
ゴードンは、呪いの武具しか装備できない体質なのだ。
普通の武具を装備すると、常にダメージを受けてしまう。
仕方ないので、呪いの武具を身に付けているのだ。
その中でも、装備している『狂戦士の鎧』が、今ある装備の中では一番無難だった。
本来ならば、そうそう発動する呪いではなかったが、このパーティーのクエストでは、毎回発動しているのだから驚きだ。
ゴードンは、暴走状態のまま壁や柱を斬り付けていく。
「ゴードンを正気に戻さなきゃ!」
「またぁ?」
ミュトスの必死の言葉に、サラが面倒臭そうに返した。
神官の奇跡には、荒ぶる精神を鎮める術がある。
しかし、発動させる為には接触する必要があるのだ。
元々、面倒臭がりのサラなら尚更やりたがらない。
「このまま、放っておく訳にはいかないでしょう?」
「はいはい」
仲間を見捨てて逃げる程、ミュトスは器用な人間ではない。
そんなミュトスと議論しても面倒臭いだけである。
それがわかっているサラは、渋々ではあるが承諾したのだ。
「ブラッド、フォローお願い」
「お任せよん」
ブラッドはサラとは違い、身体をくねらせながら、ミュトスの言葉に応える。
暴走状態で暴れまわるゴードンの動きを止めるのだ。
でなければ、サラが接触して術を発動させるのは無理だろう。
「いくわよ」
ブラッドはトップスピードで、ゴードンまで詰め寄る。
それに反応するように、ゴードンが大剣を振り下ろす。
それを、横にスッと動いて避けると、次の瞬間にはゴードンの背後に回っていた。
盗賊の成せるスピードである。
ブラッドは、長い鎖を取り出すと、振り下ろした大剣が避けられて、バランスを崩したゴードンに巻き付けていく。
そして、鎖を切ろうと激しく抵抗するゴードンの足を引っ掛けて、地面に転がした。
「準備完了よん」
「サラ、お願い」
「……」
軽く伝えるブラッドの言葉を聞いて、ミュトスが控えていたサラに指示を飛ばす。
サラは、それには返さずに、小柄な身体でトテトテとゴードンに近付いていく。
そして、倒れていてもがいているゴードンを、手に持っていた杖で殴り付けた。
ゴンと激しい音が、遺跡中に鳴り響き、ゴードンは完全に沈黙した。
「……」
「ふぅ」
微妙な空気が流れる中、杖を通じて術を発動させて、サラはやり切った顔で汗を拭った。
ニーナがゴードンの所にトコトコと歩み寄ると、白目剥いてる、と顔を棒でつついて遊んでいる。
ゴードンはピクリとも動かない。
「いやいや、ふぅ、じゃないから!」
「えー?」
ハッと我に返ったミュトスは、サラの行動を突っ込む。
完全に、八つ当たりを敢行したサラはというと、不満気に口を尖らせていた。
ミュトスは、咎めるようにサラを睨んで、気絶しているゴードンに駆け寄り、頬を軽く叩く。
その時、地面の小刻みな揺れと地鳴りが聞こえてきた。
ニーナの氷の魔法のせいか、ゴードンの暴走のせいかはわからないが、遺跡が崩れ始めていた。
「ゴードン、起きて!ゴードンっ!」
「……う……ん」
焦っているせいか、ミュトスは全力で往復ビンタをゴードンに繰り出す。
頬が真っ赤に腫れた頃、ようやく意識を取り戻したゴードンは、頭を軽く振る。
自分が置かれている状況を理解できていないようで、頭と頬が痛い、と頭と頬をさすっていた。
「そんな事いいから、早く逃げるよ」
「何が起きて……」
そんな事とは酷い言い草である。
途中まで言い掛けて、ゴードンはようやく目の前の異様な状況に気付いた。
ガラガラと天井が崩れてきていた。
サラは一目散に出口に向かい、ニーナはミュトスとゴードンの顔を交互に見比べている。
ブラッドの姿はすでに見当たらなかった。
「逃げるぞっ!」
「ち、ちょっと……」
ゴードンは、ミュトスとニーナを担ぎ上げて、出口へと走り出した。
ミュトスは担がれたのが恥ずかしかったのか、困ったように表情を見せる。
全速力で逃げる途中、天井を支えていた柱が倒れてくる。
ゴードンはそれを蹴り壊した。
「ぐはっ!」
「今何か聞こえたような……まあいいか!」
ゴンという音に、ゴードンは首を傾げながらも、気にせずに落ちてくる岩や天井を避ける事に専念する。
走り続ける事、数分、ようやく出口が見えてきた。
ゴードンは一気に走り抜ける。
そして、出口を飛び出した瞬間、遺跡は完全に崩れ去った。
「ふぅ、危ない。間一髪だったな」
皆、無事だったか、と辺りを見回すと担がれたままのニーナが、これまた担がれたままのミュトスを指差した。
そこには、額に大きなタンコブを作り、気を失ったミュトスがいた。
実はゴードンが蹴り壊した柱の欠片が当たっていたのだ。
「ミュトスーーっ!!」
三年前、至高神が魔王復活を予言した。
それを受けて、娘である三人の女神が、それぞれ勇者を選んだ。
戦いの女神は騎士ウォルトを。
癒やしの女神は司祭ミリアンを。
そして、運命の女神が選んだミュトスは……不幸だった。