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第九十五話 ただの『鬼』

 玲子は不思議そうに自分を見つめる俺を見て、言葉を投げかけてくる。


「貴様と言えど、自らの体に起こっている現象が理解できないか? この神刀『黒髪姫』は、あらゆる呪詛を断ち切ることができる。その証拠に、貴様の纏っていた壁のような炎も、私の神刀には通用しなかっただろう?」


 確かに玲子の言う通り、俺は玲子との戦いの中で神刀に対して炎の壁が通用していないことを認識していた。


「そして貴様は悪鬼でもないし、人の言葉がわからぬわけでもない。また、人の(ことわり)にもうとくない。それになにより貴様は、この村に攻め入って来た大鬼や餓鬼たちから、六花や安国たち陰陽師たちを護ってくれた。そのような鬼を私は悪鬼とは認めない。要するに貴様は私たち陰陽師が調伏するに値しない。ただの『鬼』ということだ」


 玲子の言葉を耳にしていた俺は、いくら六花や陰陽師たちを大鬼や餓鬼の群れから護ったといっても、人と相容れぬ姿をし、古くから人に仇なすと言われている悪鬼の姿をしている俺を、ただ人の言葉を理解し、人の理を知る悪鬼のカテゴリーから外れた『鬼』というだけで、助けるという選択肢をとった玲子の寛容さに、面食らってしまっていた。


 そのため俺は、ただあっけにとられて、仰向けに地面に横たわったまま、玲子を見つめることしかできなかった。


「それに、私は悪鬼を斬りには来たが、人に仇をなさぬ鬼を斬りに来たわけではないからな」


 それだけ言うと玲子は俺から視線を外し、神刀をチンッと、鞘に納めた。


「玲ねぇっ!」


「玲子様っ」


「みなすまん。私にはこの悪鬼ではないただの鬼を斬れそうにない」


「ううんっそれでいいんだよ玲ねぇ! あたしもこの鬼さんのことは調伏できないもん!」


 玲子の皆への謝罪の言葉を聞いていた俺は、いくら陰陽師が調伏すべき悪鬼ではないとは言っても、一度は矛を交えた陰陽師である玲子が、餓鬼洞から現れた俺を見逃すのがあまりにも不思議でたまらなかったために、玲子に俺を助ける理由をいつのまにかつたない言葉でたずねていた。


「な、で(なんで)……た、……ける(助ける)?」


「貴様には安国たち陰陽師や六花たちを先に助けられたいくつもの借りがある。それに、貴様からは人の血の匂いがしない。陰陽師とは本来人に仇なす悪鬼羅刹や物の怪の類を調伏するのが務めだ。人に仇なさぬ悪鬼羅刹や物の怪を処分する権限を私や陰陽連は持ち合わせていない」


 俺の質問に答えた玲子の瞳は、一切の迷いのない凛とした瞳だった。


 それから玲子は力強い意志のこもった瞳で、俺の瞳をまっすぐに見つめながら、念押しするように告げる。


「地獄に帰るもよし、現世をさ迷うもよし、貴様の好きにするがいい。だがこれで貴様に対しての借りは返した。もう貴様と私たちとの間での貸し借りはなしだ。貴様が次に私と相対する時、もし貴様が人をその手にかけていたならば。その時は、容赦なく斬る」


 それだけ言うと玲子は俺に背を向けて、六花の元へ歩き出す。


「玲ねぇっありがとうっ!」


 六花は自分に歩み寄ってきた玲子に思いっきり抱きつくと共にお礼を言った。


「私はただ鬼とはいえ助けられた恩を、借りを返しただけだ」


 六花に抱きつかれた玲子は、やんわりと六花の体を離しながらぶっきらぼうに答えた。


「六花、私は道人を追って餓鬼道に向かう。お前は春明にことの次第の報告を頼む」


「うん。わかったよ玲ねぇ。でもあの鬼さん大丈夫かな?」



 六花が未だ起き上がるほどの力が得られずに、地面に仰向けで倒れている俺を見ながら、玲子に問いかけるように言った。


「奴なら心配ないだろう。屍喰さえ抜けてしまえば、いずれ近いうちに力を取り戻すはずだ。そして奴の力はお前も知っていよう。奴ならこのまま放置しておいても、よほどのことがない限り死にはしないはずだ」


「うん」


「あの鬼の処分も済んだ今、私はこれより道人を追い餓鬼洞に向かう。六花、春明への報告は任せたぞ」


「うん。おじじへの報告はあたしに任せてよっそれより玲ねぇっ必ず帰ってきてよっあたしっおじじのところで待ってるからね!」


 玲子は六花の返事を聞き終えると、道人が屍鳥に乗って向かった大鬼や餓鬼のあふれ出している原因があると思われる餓鬼洞へと小走りに駆けて行った。


 そしてこの場に玲子がいなくなったために、六花が俺にペコリと頭を下げてお礼と謝罪の言葉を投げかけて来る。


「鬼さん。色々ありがとう。それから、最初っから悪い鬼だって決めつけて、調伏しようとして、ごめんね」


 俺へのお礼と謝罪を終えた六花は、安国が運転席に座る黒塗りの(バン)の助手席に乗り込むと、安国の運転する車に乗って、陰陽師たちと共に奥多摩村を後にしたのだった。

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