第九十三話 一時(ひととき)の安息と六花たちの撤退準備
道人がこの場から去って行く姿を見た玲子は、道人の相手をするのは、大鬼たちや餓鬼の群れを相手にしていた時よりも疲れるのか。ふぅと、一息吐き出すと、肩の力を抜いて緊張を解くと同時に、鞘に納められている神刀を地面に突き立てると、それに体重を預けて一息つきつつ、今の今までずっと戦いずくめだった自分の体を休めていった。
そこへ道人とのやりとりを、ハラハラしながら目にしていた六花が、玲子の名を呼びながら玲子の胸の中へと飛び込んでいった。
「玲ねぇっ!」
玲子は自分の胸に勢いよく飛び込んできた六花のことを、体重や身体能力の差で軽々と受け止めると、あの苛烈な戦場の中を大した傷もなくよく無事に生き延びてくれた。と言うかのように、背中に腕を回して、しばらくの間。実の妹を抱きしめるように、優しく抱きしめていた。
それから、数分ほどたっただろうか? 不意に玲子が俺をちらりと見た後、大鬼や餓鬼の群れから護るために、俺が岩山に封じた陰陽師たちの入っていると思われる岩山に視線を向けると、六花の肩に手をかけて自分の元から引き離した。
「玲ねぇ?」
肩に手を置かれて引き離された六花は、まだ玲子の胸に顔をうずめて優しく抱きしめていてもらいたかったのか、不満そうな声を上げる。
玲子は不満そうな顔をする六花の頭を一撫ですると、表情を途端に厳しい顔つきへと変えた。
「六花。私たちにはまだやるべきことが残されている」
「やるべきこと?」
「そうだ。まずは、安国たちの救出だ」
そう言うと玲子は、六花に向けていた視線を、俺が陰陽師たちを封じた岩山へと移した。
当然玲子の視線の向かった先を目で追っていた六花も、岩山を視界に収めることになった。
「あっ」
玲子の言葉を聞いて、陰陽師たちの封じられている岩山を見て、ようやく安国たちのことを思い出した六花が声を上げる。
「ん、その様子からして六花。お前安国たちのことを忘れていたのか?」
「そそそそそんなことないよほぉっあたしちゃんと覚えてたもん!」
玲子の質問に六花が少しキョドリながら答えるも、玲子は別に六花を叱りはしなかった。
「いや、あのような鬼たちに囲まれ、いつ死ぬかわからぬような状況下から脱したばかりなのだ。誰も六花、お前のことを責めたりはしない」
玲子は六花が岩山に閉じ込められていた安国や陰陽師たちのことを忘れていたからと言って、自分が怒っていない言うことを教えるように、六花の頭をポンッポンッと、軽く叩いてから答えてやる。
「う、うん」
六花は自分が安国たち陰陽師たちのことを忘れていたことを、玲子が本当に怒っていないのだということが分かったのか、次第に六花はいつもの調子を取り戻していった。
「とにかくだ六花。まず安国を救出したのち、安国に車を運転してもらい。大鬼や餓鬼の群れと共に溢れかえった瘴気のせいでつながらなくなっている通信機器が使えるようになる場所まで車で移動するか、通信連絡用の式を使って、春明のいる陰陽連に事の次第の報告をしろ」
「うん。わかったよ」
六花の返事を聞くなり、玲子は、ようやく足が本調子に戻って来たのか。自分の足の具合を確かめるように、陰陽師たちが封じられている俺が作った岩山に近づくと、まるで豆腐か紙切れでも斬るかのように、瞬く間に陰陽師たちの封印されていた岩山を切り崩していった。
玲子が崩した岩山から姿を現した一人の無事な陰陽師の姿を目にした六花が、無事だった陰陽師の胸の中に向かって、無邪気に飛び込んでいく。
「安国ッ無事だったんだね!」
「六花様!? うわっぷっこれは一体?」
安国は自分の胸に飛び込んできた小柄な六花を何とか受け止めると、状況の説明を問うために、六花に向かって声をかけた。
「話せば長くなるんだけどね」
六花がこれまでの経緯を説明しようとするも、玲子にとめられる。
「六花。残念だが、悠長に話をしている暇はない。悪いが話なら車の中で移動中にでもしてくれ」
「う、うん。そうだよねっ玲ねぇごめん」
「わかればいい。とにかく六花、私が周辺を警戒している間に安国を連れて車まで行け。そののち安国は車を使って、残りの陰陽師たちを回収し、すぐさまこの場を離れよ」
「はっかしこまりました玲子様」
それからの六花たちの行動は迅速だった。
まず六花が岩山の中で休息をとり、歩けるようになった安国と共に、この奥多摩村まで来る間に使った車を止めていた場所まで戻り、安国が車を運転して戻ってくる。
それから同じく岩山の中で大鬼や餓鬼の群れとの戦いに参加することなく休息が取れたのがよかったのか。歩くのに支障がないほどに回復していた陰陽師たちを回収し終った六花たちは、奥多摩村から撤退する準備を完了させていた。