第九十一話 走馬灯
「ふんっまぁよいわ。どの道この悪鬼の命が風前の灯火であることに変わりはない。悪鬼羅刹の力を身の内から喰らいて、その身を滅ぼさん。『屍喰』救急如律令」
道人は気を取り直し呪を唱えた後、俺に止めを刺そうと左手を向け、口の端に嫌らしい笑みを浮かべると、誰にも聞こえぬぐらいの小声で最後の言葉を俺に向かって呟いた。
「『あの日』『あの時』と同じように、何度生まれ変わろうとも、我が望み。叶えるための糧となり、散れっ」
その一言をきっかけに、俺の奥底に眠っていた記憶の扉が、人が死の間際に体験する走馬灯のように、ほんの一瞬だけ、断片的に、開かれた。
「阿倍野家が嫡男……。阿倍野晴人よ、我が望み。叶えるための糧となり、散れっ」
そういうと、艶やかな黒髪を長く伸ばし、黒装束を身に着け白い羽織を羽織った俺の目の前にいる男が、身動きの取れない俺の体に白い骨のような物を躊躇なく突き刺した。
白い骨のようなものを体に突き刺された俺は、真っ赤な血を吐き出しながら、自分に白い骨のような何かを突き刺した。
今の今まで信頼しきっていて、実の兄のように慕っていた男の顔を見上げて、わずかな望みにすがるように、右手を精いっぱい伸ばしながら言葉をかけた。
「な……んで……義兄(に、い)さん……」
俺を白き骨で刺し貫いた男。今よりもほんの少し若い道人は、俺の伸ばした手を振り払い俺の体を開き始めた地獄門の中へと突き落とした。
「生者は潜れぬが、死にかけは潜れるとは皮肉なものよ」
それだけ言うと、道人の姿は俺の視界から消えていった。
そ……うだ。俺は……こいつに……こんな風に何の抵抗もできず、無力に……無様に殺されたんだ。
こいつが……俺を……殺したのだ!
その時、俺の中で明確な殺意を超えた憎悪が、抑えきれぬ復讐心が、目を覚ました。
それと同時に、ステータスを鑑定した時のような声が、俺の頭の中に響き渡った。
称号憎悪。『憎む者』を得ました。
称号復讐心。『復讐者』を得ました。
スキル憎悪の炎。レベル1を取得しました。
俺は体から抜け出る力を何とか踏み止め振り絞りながら、力の入らぬ腕に、足に、体中からかき集めたなけなしの残った力のすべてを込めて。立ち上がろうとしたが、俺が動き始めたのを察知した道人が、俺の体にさらなる『屍喰』を撃ち込んで、俺の力を弱体化させる。
「グ……ゥ……」
さすがの俺も再三にわたる屍喰の影響下では、もはや体に一切の力が入らずに仰向けに倒れ込んだまま勝ち誇った顔で、俺を見下ろす道人の顔を睨み付けることしかできなかった。
そうして、道人から俺に向かって止めを刺すための『屍喰』が俺の頭部に向かって飛ばされた。
ここ……までか。くそっまたっまた俺は、何もできずに、無様にこいつに殺されちまうのか。そう思いながら俺は……ゆっくりと、視界を閉じた。