第六十二話 奥多摩村③ 水車小屋
稲穂のつまみ食いで精神的ダメージを負った俺は、とりあえず当初の目的地である水車小屋に向かうことにした。
小さな木造造りの水車小屋の引き戸の前までたどり着いた俺は、どう最初に挨拶するべきか少し悩んだ末。少しの緊張を持ちながら小屋の中へ向かって声をかけることにした。
「ガッ」
だが残念ながら人語のスキルレベルが低すぎて、俺はまともに言葉を発することができなかった。
ああ~いくらなんでもこりゃだめじゃね? 言葉になってない以前に、聞く人によっては、威嚇になってるし、まずいだろ? くそっうまくコミュニケーションが成立して仲よくなれば、会話もできるし、食い物ぐらい恵んでもらえると思ってたってのにっこれじゃ俺の計画が台無しじゃねぇかっと思いながらも、一つ深呼吸して思い直す。
いや待て。まだ、まだ間に合うっ今度はノックだ。うん。まず人の家に来たらノックから始めるのが基本だ。
そう思った俺は、水車小屋の引き戸をこんこんと軽くノックしてみる。
普通なら引き戸をノックする音に気が付いて、家主なりなんなりが、引き戸を開けて顔を見せるものなのだが、残念ながら俺のノックはんな生易しいものじゃなかった。
そう、人外である俺のノックは、水車小屋の引き戸をあっさりとぶち破ってしまったのだ。
「ガァッ!?」
と俺は思わず、声を上げる。
これって下手したら、俺の声かノックに反応して引き戸を開けに来た家主とかが、勢いよくぶち破られた引き戸の下敷きとかになってるっておちじゃね?
俺は少しばかり冷や汗をかきながら、恐る恐る水車小屋の中へと入り、どうか家主さんたちが、下敷きになってませんように。と祈るような気持ちでぶち破った引き戸を持ち上げてみた。
ふ~と俺は安堵の吐息を吐き出す。
なぜなら、持ち上げた引き戸の下には、何もなかったからだ。
とりあえず人的被害なし、と思いながらも、俺は思わず入ってしまった水車小屋の中を誰かいないか見回してみる。
小さな木造建ての水車小屋の中にあったのは、シーズンじゃないからだろうか? 今は使われていない水車の力を利用して、蕎麦や小麦などの稲穂から粉を挽き出す石臼に、部屋の中には去年のものと思われる蕎麦粉や小麦粉などの小量の残りカスが残っているぐらいだった。
なんだよ。人、いねぇのかよ。
はぁ緊張したり慌てたりして損した。
というか、 コミュニケーションとれる人もいないし、俺が食える食い物もないこの水車小屋にはもう用はないな。まだこの村には民家があったし、他に行ってみるか。
そう思った俺は、引き戸をぶち壊したせいで、引き戸のなくなった水車小屋から一歩外へと足を踏み出した。