第六十話 奥多摩村① 火吹き人村に降りる
それから半時くらい歩いただろうか? 途中パチンッといった静電気を弾いたような感覚を感じた以外に。これと言って問題なく移動を続けた俺は、ようやく町。というか村っぽい場所が見渡せる小さな高台に到着していた。
まあ村といっても、田んぼや水路に簡単に作られたトタン屋根の家屋らしきものが、数軒あるだけだが。
空きっ腹と重い体に鞭をうち、四半日以上かけてやっとこさ辿り着いた村っぽい場所なので、ここはあえて村と呼ばせてもらうことにする。
はぁやっとかよ。そう思いながらも、四半日以上歩き詰めで、いい加減精神的に疲れていた俺は、その場で腰を下ろし、やっとの思いでたどり着いた村を見渡すことにした。
俺の視界に広がっているのは、小さな水車を家屋のわきに着けた水車小屋と思わしき建物と、数軒の民家の周りに幾つも広がっている田んぼを行き来するために、砂利を敷いて舗装された歩道と、田んぼに水を引くための横幅一メートルほどの水路だった。
もちろん水路の中には、どこかの川から引いていると思われる水がゆるやかに流れていた。
つまり小さな高台から村を見下ろす俺の視界に入ってきている風景は、古き良き日本の片田舎といった里山の田園風景だった。
日本の片田舎の田園風景を目にした俺は、ここで確信した。
ここは人間界なのだと。
なぜなら、どう見ても人の手によって作り上げられたと思わしき人工建築物の水車小屋に民家。
明らかに人の手が入っていると思われる田んぼに、田んぼに水を引くための水路。そして、それらを繋ぐ砂利で作られた舗装された歩道。
それらが、融合して出来上がった人が作りし里山。
こんなものを、餓鬼や死人が作れるはずがないからだ。
俺は今、人間界にいる!
そう確信した俺は、わずかな期待と不安を胸に、小さな高台を降りて村に入ることにした。