第百三十一話 人間の街② 移動開始
「ふう、とりあえずはこんなもんかな?」
冬眠符によって昏倒させた陰陽師たちを見回しながら六花が口にする。
「ですな。あとは瘴気にあてられたこの者どもの回収班を、本部から回してもらいましょう」
「うん。安国、そのあたりのことは任せるよ」
「ではすぐに式を飛ばして、つなぎを取りまする」
「ならあたしは、回収班の人たちに回収されるまでに餓鬼や悪鬼たちに襲われないように、彼らの周りに結界符を敷いとくね」
「お願いいたしまする」
六花の返答を聞くなり、すぐさま横山の街の防衛ラインを指揮している街の中心街にある本部に向けて、安国が連絡用の式を飛ばした。
その間に六花が何度もやっているのか、慣れた手つきで昏倒している陰陽師たちの周りに結界符を敷いて彼らの安全を確保する。
もちろん六花や安国たちが作業している間俺は、危険なものが近づいてこないか念のために周辺を気配探知で探っていたのは言うまでもない。
本部に式を飛ばしたり、結界符を敷いて横たわる陰陽師たちの安全を確保した六花と安国が俺に視線を向けると、声をかけてくる。
「ところで鬼殿。貴殿はなぜここに?」
「そうだよ。なんでわざわざ危険をおかしてまで、私たちの住んでる人間たちの街に来たの?」
六花と安国に疑問を投げかけられた俺は、拙いながらも、ゆっくりと口を開いて答えていった。
「ガ……、お、う。」
普通なら理解できそうにもない俺の口から出た言葉は、六花には理解できるものだったのか、俺の言葉は六花によって次々と翻訳されていった。
「ん~と、つまり、六花たちがあの場所から去ったあとに、新たな餓鬼の群れが現れて、その餓鬼の群れが人の多く住む街に向かっているのを知った鬼さんは、人間たちに出る被害を押さえるために、餓鬼を調伏しながら、餓鬼の群れを追ってきたってことなのかな?」
六花の翻訳はおおむねまちがってないため、俺はコクりと頷いた。
「人間の街に近づく危険を顧みず、人々を護るための行動をとるとは、鬼殿は相変わらずお優しいですな」
安国が笑みを浮かべながら俺の行いをほめる。
それは買いかぶりだ。半分は餓鬼の行き着く先にいると思われる道人にたどり着き自分の復讐を果すためでもあるのだから。と、思った俺は、六花や安国にはわからない程度に少しばつが悪そうに顔をゆがめた。
「う~ん。鬼さんが良い鬼さんであることは、六花もよ~くわかってるんだけどね。残念だけど、餓鬼の群れを追って、ここから先に進むのは、少し厳しいかもしれないよ?」
「ですな」
六花の意見に安国も同意するように頷いた。
「?」
俺が意味が分からないといった感じに、少し首をかしげて六花を見つめていると、六花が俺の疑問に答えてくれる。
「実を言うとね。鬼さんにもさっきので分かったと思うけど、餓鬼の群れが街に雪崩れ込んできたせいで、街を護るために陰陽師たちが街のそこかしこに配置されてるんだよね」
まぁ六花の言うことは何となく理解できる。
本来陰陽師とは、人外の悪鬼羅刹などから人々を護るために組織され、行動する者たちだからだ。
そんな彼らの護るべき地に、餓鬼や悪鬼などの魑魅魍魎の類が現れれば、彼らは一も二もなくすぐさま人々を護るために駆け付けるだろう。
「それに鬼さんが餓鬼の群れを追ってるなら、きっと行きつく先は町の中心街になると思う。それで街の中心街に行けば行くほどに、街を護るためにより強い陰陽師たちが配置されてると思うんだ。そんなところに鬼さんがもし一人で行ったら……察しのいい鬼さんなら、もう、わかるよね?」
つまり六花の言いたいことは、俺が餓鬼の群れを追って何の対策も立てずに街の中心部へと向かった場合。俺のことをまったく知らない街を防衛しようとする陰陽師たちといずれかち合って、争いになると言っているのだ。
六花の言い分はひじょうに的を得ていると思った俺は、反論の言葉が思い浮かばなかった。
だが、ここで立ち止まる。という選択肢は、今の俺にはない。
そのことを意思表示しようと思った俺は、一歩前へと足を踏み出した。
「やっぱり鬼さんは、たとえ陰陽師たちとやり合うことになっても、人々を護るために餓鬼たちを追っていくんだね?」
六花が俺の瞳を覗き込むように言って来る。
俺はただコクリと頷いた。
しばらく俺の人外の瞳をジッと見つめながら、俺の決意が固いことを知った六花は、一度瞳を閉じ小さく息を吐き出してから瞳を開ける。
そこには、強い決意と意思の光が宿っていた。
「鬼さんの決意が固いことはわかったよ」
ならここでお別れだ。という意味合いを込めて俺が足を踏み出し始めると、何を思ったのか。六花が俺の行く手に立ちふさがると共に口を開いた。
「鬼さんには色々と助けられてるし、人外である鬼さんが人間を助けに行くっていうのに、人間の。しかも陰陽師であるあたしが、同じ人間を助けに行かないって選択肢はないよね。安国」
「心得ております」
六花の言葉に答えた安国は、近くに止めてあった黒塗りのバンの運転席に入り込むと俺の目の前まで進めてくる。
「お…まら、いっ……たひ、な…にする、きだ?」
「そんなの決まってるよ、あたしたちも鬼さんと一緒にみんなを助けに行くんだよ」
「あ、ぶ…な…」
「まさか鬼さん。いまさら危ないとか危険って理由でついてくるななんて言わないよね? それにあたしたちが一緒に行けば、街を護る陰陽師たちとかち合っても、争わないですむよ」
ぐっ確かに陰陽頭である阿倍野家の血を引く六花が俺と共に行動し、俺の傍に居れば、俺の身元というか安全性は保障される。
それに俺の傍に六花がいる限り、俺を自分たちの敵として認識するものが現れたとしても、俺が六花の式神ということにしておけば万事丸く収まるはずだ。
六花の提案は、俺にとってのプラス材料にしかならないことは明白だ。あえてマイナス材料をあげるとすれば、俺と行動を共にするということで、六花が危険にさらされるということだ。
どうする? 六花の提案は物凄く魅力的だが、それを飲めば六花の身が危険にさらされることは明白だ。
少し悩んだ末に俺は決断を下した。
やはり、自分勝手な理由で餓鬼を追っているというのに、そこに何の関係もない六花の身を危険にさらすという選択肢は、選べない。
そう結論付けた俺は、六花に断わりの言葉を伝えようとするが、俺の言葉を先回りして六花が言って来る。
「今、多分優しい鬼さんはあたしの身を案じてくれてる。だからあたしの提案を断ろうとしてる。違う?」
おおうっ六花に完全に俺の考えが読まれてる。
「けど、それは違うよ」
「ち、が……う?」
「うん。六花はね、たとえ鬼さんと一緒でなくても、餓鬼たちの向かう街の中心部へは行くつもりだから」
「な……ぜ?」
「なんで自分から危険に飛び込むのかって? そんなこと決まってるよ。あたしは陰陽師で、鬼さんよりも強く人間を助けたいと思っているから。だから、あたしはたとえ危険に自分の身を投じることになろうとも、みんなを助けに行くよ」
六花の言葉からは嘘偽りのない。誠実さが感じられ、六花の瞳からは人々を、みんなを護りたいという強い意志の強さを感じた。
これは、例え俺と共に進まなかったとしても、たとえ一人でも六花は人間たちを護るために、餓鬼の群れを追って街の中心部へと向かうのだろう。
俺は自分を理解してくれる人間である六花たちを、危険にはさらしたくないという思いもあったのだが、どのみち俺が六花の申し出を断ったとしても、六花が一人で行くというのならば、俺には六花と共に行くという選択肢を断る理由が浮かばなかった。
「わ…っ…た。と、もに……いく」
「うん」
俺の同意を得た六花は満面の笑みを浮かべたのだった。
「と、話がまとまったところ申し訳ないのですが」
「どうしたの安国?」
「いえ、ただいくら鬼殿が力を抑えたとしても、鬼殿の性質上。鬼殿が車の座席に乗り込めば、車が燃えて火の海と化してしまいます」
「あっ」
確かにいくら俺が常時発動スキル『炎の壁』の火力を意識的に抑え込んだとしても、それはあくまでも『炎の壁』の火力を抑え込んでいるのであって、消し去っているわけではない。ということは、俺の周りにあるものは少なからず燃えてしまうということに他ならないからだ。
「それに車で餓鬼を追っていった場合。車から見かけた餓鬼や悪鬼たちを放置して向かうことになります」
「確かにそうだよね。できれば見つけた餓鬼や悪鬼の類は倒しておかないと、それだけ街を護ってる陰陽師たちの負担も増えるもんね」
「はい。いかがいたしましょうか六花様」
「う~ん」
六花は悩み始める。
悩み始めた六花を見てから、俺はこれから乗り込もうとしていた車の車内を見る。
バンだから普通の車よりも大きいとはいえ、俺が乗れば体を縮めなければならない。そんな状態で車窓から見かけた餓鬼や悪鬼たちを攻撃なんてさすがの俺にもできねぇし、ん? まてよ。車窓から攻撃か。なら、車窓から攻撃しなければいい。
ここは、普通の人間では決してできない。俺が人外であるアイデンティティをフルに活用してやればいい。と考えた俺は、一足飛びに車の屋根へと飛び乗った。
「なるほど、鬼殿。その手がありましたか。私や六花様では無理でも人外の力を持った鬼殿ならば、車の屋根からでも餓鬼洞から湧き出して来た餓鬼や悪鬼どもを調伏しながら進めますな」
車の屋根に飛び乗った俺を見て、六花も安国もそれは考えてなかったといった感じの少しばかり驚いた表情をする。
「うん。確かに、これなら鬼さんも車で移動できるし、外にいる餓鬼や悪鬼たちも調伏して進めるし、いいかもしれない。あとは、安国っ」
「わかっております六花様。いらぬ騒ぎを生まぬよう、式を使い各部署を護る陰陽師たちに先んじて知らせを送っておきまする」
「お願い」
街の中心部への移動の準備を整えた俺と六花と安国は、俺を車の屋根に乗せながら、街の中心部へと向かっていったのだった。
ゆっくり投稿ですいません。中々進まないもので。m(__)m