第百十四話 地獄門封印③
そして、閉じられようとしている地獄門から現れた緑色の野太い腕は、春明の『四支封滅陣』によって塞がれようとしていた地獄門を、内側からこじ開けようとする。
「ぬぅっ悪鬼羅刹の類が、供物たる生贄を捧げられたために地獄門が巨大化し、自分らが地獄門を通ることができるようになったことに気が付きおったか!? だがっさせぬっはあぁ!」
春明が気合の声を上げると共に、春明と緑の腕との地獄門を開封しようとする押し合いが始まろうとした瞬間、爪の形をした炎が現れて、あっさりと緑色の腕を斬り落とすと同時に、何者かが声を上げる。
「今だ天馬!」
「はい! ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、たり、ふるべ。ゆらゆらと、ふるべ。比婆式浄化術、玉響救急如律令」
天馬は悪鬼羅刹の類が内外から簡単に地獄門に干渉できないように、地獄門を有する一定の空間に向かって、憎悪の炎や瘴気などを強力に浄化する浄化術をかける。
そうして聖域とまではいかないまでも、悪鬼羅刹が苦手とする空気の澄んだ空間を生み出した天馬が声を張り上げる。
「今です! 春明様!」
「うむ。『四支封滅陣』よ、悪しき門を閉じよ! 救急如律令! はあああああっっ!!!」
地獄門を内側からこじ開けようとした緑色の腕を、火竜の爪を使って瞬時に竜馬が斬り落とし、再び地獄門の内側から干渉されないように、天馬が場の空間を浄化した瞬間に、最大限の力を込めて春明が、地獄門に封印を施したおかげで、陰陽師たちから地獄門と呼ばれ、現世と地獄とをつなぐ空間の亀裂は、ようやく完全に閉じられたのだった。
「ふぅ竜馬に天馬よ。お主等二人のおかげで何とか地獄門を封じることができた。礼を言うぞ。それにしても、さすがにこの歳で七支同時召喚は疲れるわい」
地獄門が完全に閉じ、周辺にいた大鬼や餓鬼の類があらかた片付けられた後、春明が白梟の背から飛び降りて、二人にねぎらいの言葉をかけつつ小言を呟いた。
「ちってめえはっちっとばっか張り切りすぎなんだよ。少しはてめえの年を考えやがれってんだ」
「そうですよ春明様。あまり無理をしてお体にさわれば、取り返しがつかない事態となってしまいます」
「心配をかけてすまぬな天馬。とはいえ、これで開き続けている限り地獄の悪鬼羅刹に魑魅魍魎どもを吐き出し続ける厄介極まりない地獄の門は封じた。これでこれ以上悪鬼羅刹の類が地上に溢れ出すことはあるまい。あとは志度の小僧の手当てと、溢れ出た瘴気の始末。それから……」
「すでに地獄門から溢れ出た鬼や餓鬼どもの始末。だろ?」
春明の言葉を先読みした竜馬が春明に視線を向けて、腕を組みながら言う。
「うむ。それからこの餓鬼洞自体もかなりの瘴気を吸っておるため、餓鬼洞自体の瘴気をある程度浄化するまで封じねばならぬ。そうせねば今すぐにでも新たな空間の亀裂が生まれ、この地に地獄門が再び現れよう。そうなればかなりまずいことになるのは間違いあるまい。本来ならばわし自身がこの地に残り、餓鬼洞の封印と、瘴気の浄化に努めればよいのだが、地獄門から溢れ出た鬼や餓鬼どもをこのまま放置しておくこともできぬし、この事態を招いた道人を放置しておくわけにもゆかぬ。すまぬが天馬、わしのかわりに餓鬼洞の封印と、この地に満ちた瘴気の浄化。それと志度の小僧の手当てを頼まれてくれぬか?」
「春明様。志度殿の手当てと、餓鬼洞封印に、瘴気の浄化の件はお任せください」
春明に命を下された天馬は、恭しく頭を下げて了承する。
「うむ。浄化術に結界術の類稀なる使い手であり、応急術の得意な天馬。主の力ならば問題あるまい。すまぬが天馬その件は任せる。と言いたいところなのだが、餓鬼洞に瘴気が満ち。地獄門から這い出した悪鬼羅刹が餓鬼洞の周辺にまだおるやもしれぬ今、ここを天馬一人に任せるわけにも行かぬ」
そう言いながら、春明は竜馬へと視線を向ける。
春明の視線を受けた竜馬は、頭の後ろで手を組みながら、さもめんどくさそうに答えた。
「わ~ってるよ。地獄門から這い出た悪鬼の類を狩るのも面白そうだが、さすがにここに天馬一人残してくわけにも行かねぇからな。じじい。ここには俺が天馬と残ろってやんよ」
「竜ちゃん」
竜馬の春明への返答を聞いた天馬は、喜びの声を上げてパアアッと花が開いたように顔を輝かせる。
それを目にしながらも、竜馬は真剣な眼差しを餓鬼洞自体へと向け、誰にも聞こえないぐらいの小声で呟いた。
「それに、ここまで地獄門が活性化してんだ。これから先、この地で何が起こるかわからないからな」
竜馬の呟きを聞いていたのかいないのかはわからないが、春明が餓鬼洞から出るために、再び白梟の背に飛び乗ると、二人に声をかける。
「では竜馬。天馬。この場は任せた。わしは地獄門からあふれ出した鬼どもを始末しつつ、この状況を作り出した道人の奴を追う」
それだけ言うと、餓鬼洞の中から飛び立つために、白梟が羽ばたき始める。
すると、羽ばたき始めた白梟の背に、人一人分の影が餓鬼洞の壁を足場に飛び上がると共に着地を決める。
今まさに飛び立とうとしていた白梟の飛び乗ってきたのは、先ほど道人の左腕を斬り落とし、その後地獄門が活性化したために、比婆たちと共に餓鬼洞の外に避難していた桧山玲子だった。
「玲子か。何か用か?」
「春明は道人の裏切り者を討ちに行くのだろう? ならば道中の露払いがてら、私も同行しようと思ってな」
「ふむ。確かに道中の露払いは必要じゃが、玲子。主にそれが務まるか?」
「春明。あまり舐めてもらっては困る。これでも桧山家が嫡子。桧山玲子。そん所そこいらの鬼に負けるつもりはない!」
道人と浅からぬ因縁を持ち、先ほど一戦交えて仕留めきれなかった玲子は、鬼気迫る気迫を纏うと共に、獰猛な肉食獣を思わせる瞳を爛々と輝かせながら、ここは一歩も譲らぬという強い意志の光を宿した瞳で、春明の瞳を覗き込む。
春明は自分を見つめる強気意思の宿る玲子の瞳を見て折れたのか。玲子に対して了承の言葉を返した。
「ふぅ、しかたあるまい。どのみちわしが止めたところで、止まるものでもあるまいて。ならば桧山玲子。我が道中の露払いを命じる」
「はっありがたき幸せ」
玲子は春明に向かて恭しく頭を垂れた後頭を上げると、春明と共に白梟の背に乗って餓鬼洞の上空へと舞い上がり、道人の残したわずかばかりの痕跡(血の臭いや身についた瘴気の気配)を頼りに、春明と共に道人の追跡を開始したのだった。
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