第百九話 吹き上がる瘴気
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。m(__)m
「ちっずいぶんと遅かったじゃねぇか天馬?」
天馬の浄化術『玉響』によって左腕を燃え上がらせていた『憎悪の炎』が沈下された竜馬が、先ほどまで黒い炎に包まれていた左腕の動きを確かめるように動かしながら問いかけた。
「すみません。六花様たちが安全地帯まで離れるのを見届けていたもので、遅れました」
俺から噴出した『憎悪の炎』をあっさりと沈下した天馬が心底申し訳なさそうに答える。
「ま、元々春明からは孫の護衛を頼まれてたわけだし、そっちを優先するのは仕方ねぇか。で、あの小娘と安国たちはここからどの程度まで離れたんだ?」
「そうですねぇ。私が最後に見届けた場所ですと、車で三十分ほど離れた距離と言ったところですかね?」
「三十分か。もしものことを考えて、できればもうちっと遠くまで離れてくれればいいんだがな」
「ですね。最低でも、餓鬼程度の外敵が入ってこれない程度の防御結界が張り巡らせてある町まで行っていてくれてればいいのですが」
「だな。けどまぁそのことを今考えててもらちが明かねぇ。今は目の前の問題を処理するのが先だ」
「はい」
竜馬と天馬の二人は、頷き合うと、体を『石柱』に貫かれて身動きの取れなくなっている俺へと視線を向ける。
「とりあえず、こいつを始末するぞ天馬」
「はい」
天馬は竜馬に返事を返すと、いつでも竜馬のサポートが行えるように、右手で印を結び、比婆式結界術式を発動できるように、口の中で呪を口づさむ。
同時に竜馬も天馬の返事を聞くと同時に呪を唱える。
「オンバサラタンカンッアビラウンケンソワカッ志々度流火竜術式二の型。『火竜爪』!」
竜馬は今度は左手ではなく、右腕に三爪に分かれた長さ二,三十センチほどの炎の爪。『火竜爪』を纏わせる。
「この『火竜爪』に、炎鬼。てめえの火で作られた防御結界が、意味をなさないことはもう知ってるよな? この爪で、てめえを切り刻んで始末してやるよ」
「お覚悟を」
天馬が俺に向かって命を落とす覚悟を決めろと言って来ると共に、『火竜爪』で、俺を始末すると宣言した竜馬が『石柱』に体を貫かれて身動きの取れない俺に向かって、油断せずにゆっくりと近づいて来る。
もちろん天馬も、一切の油断をすることなく。俺に近づく竜馬をいつでも万全にサポートできるように、神経を研ぎ澄ませる。
まぁそうなるよな。すでに天馬の『石柱』によって体の自由を奪われている俺は、諦めの混じった顔を上げて二人を見つめながらも、何とかこの場から逃げる手立てがないものかと、頭をフル回転させながら、竜馬と天馬の二人のわずかな隙を見つけようと視線を巡らせていた。
だが、俺に止めを刺そうとしている竜馬と天馬に一切の油断も、隙も俺は見つけることができなかった。
どうやらこの様子からして、竜馬と天馬の二人は、たとえ狩るべき相手が、身動きが取れない状態になっていたとしても、油断すれば手痛いしっぺ返しをもらう可能性があることを知っているようだった。
こりゃ詰んだか? 見た目と反して相当な戦闘経験を積んだ歴戦の狩人のような動きをする陰陽師二人を前にして、さすがに今回ばかりはマジでやばいかもしれねぇ。と、俺が思い始めていた時。地鳴りのような音と共に、激しい揺れが俺たちの足元を襲ったのだった。
「なんだ! 一体何が起こってやがる!?」
激しい揺れが足元を襲ったために、俺に止めを刺そうと、戦闘態勢に入っていた竜馬が、何とか倒れないようにバランスを取りながら声を荒らげる。
「竜ちゃんっあれ!」
同じように揺れに耐えていた天馬が、何かに気が付いたのか。それを見ながら声を張り上げる。
「てめぇ天馬っお前俺をちゃんづけで呼ぶなと何度言えばわかる!」
「そんなことよりもあれっあれを見て竜ちゃんっ!」
竜馬にもわかるように、天馬があれを指で指し示す。
「ああん? あれを見ろだぁ?」
竜馬はめんどくさそうにしながらも、天馬の指し示した方角へと視線を向けると、そこには竜馬のまったく予想だにしなかった光景が広がっていた。
「ちっあれはまじいな」
「はい。あれはよくないものです。何らかの影響によって地獄門が活性化し、瘴気を吐き出しています」
竜馬と天馬が見つめる視線の先にあったのは、道人が玲子に切られた自らの腕を贄として、成長させた地獄門から吹き上がった瘴気が、まるで火山の噴火のように、餓鬼洞から天に向かって吹き上がっている光景だった。
「いくら餓鬼洞には、太古の昔に密教の祖空海様や役小角様などが、地獄門の発生と活性化を抑える結界を、時代時代で張り巡らせているとはいえ、いささか経年劣化で弱ってきている結界にあれはいけません。早急に、今すぐでも、何らかの手段で活性化し、巨大化した地獄門を封じた後に、餓鬼洞の結界を張りなおす必要があります」
「だな。あれをほっといたらまずいってのは、結界術式とはとんと縁のねぇ俺にもさすがにわかる。けど、どうするよ天馬? この炎鬼をほったらかしにして、餓鬼洞に開いた地獄門に向かうのかよ?」
「そうですねぇ。でもまぁ『石柱』による封じの術は、一度体を『石柱』が貫いてしまえば『石柱』が対象者の力や呪力を奪ってしまうため、第三者が石の柱を引き抜きでもしない限り、石柱に体を貫かれたものは、本来の力を取り戻すことができません。ですから、石柱に体を貫かれ、今や自力で身動きもとれず、力の大半を失ったこの鬼を放置しておいても、なんの問題もないと思います」
「そうか、なら行くぞ天馬」
「はい」
竜馬は天馬の結界術式の腕をよほど買っているのか、何の疑問も抱かずに天馬の言うことを信じて、先ほどまで命の取り合いをしていたのが嘘のように、あっさりと俺に背を向けると、俺をこの場に残し天馬と共に餓鬼洞に開いた巨大な地獄門を封じるために、急ぎ足で活性化した地獄門がある餓鬼洞へと向かったのだった。
本年もエタらずに、コツコツ書いていく所存にございます。
楽しんでいただければ幸いです。m(__)m