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第百七話 阿倍野春明① 六花の知らせ

 道人が地獄門を活性化させた時より、少し時間は(さかのぼ)る。


 ここは決して人の目には触れることのない不可視の結界で覆われた陰陽連総本山のはなれに立てられている茶室の軒下である。


 そこでいつものようにお気に入りの場所で、川の音や小鳥のさえずりに耳を傾けながら、静かに一人で茶をたしなんでいるのは、白と黒の髪の毛を色違いに左右に分け、肩ほどで切り揃えた陰陽連頂点に立つ、白紋と黒紋の梵字の描かれた白装束に身を包んだ初老の男。春明である。


「春明様。六花様より、火急の知らせを知らせる式神が参っております!」


 春明のティータイムを邪魔するかのような大声で急報が舞い込んできたのを知らせてきたのは、指先に小さな白い小鳥を乗せ、白装束に身を包み平安時代当たりの貴族たちが、これ見よがしに頭に乗せていた烏帽子(えぼし)をかぶった春明の世話役をしている三、四十代ほどの陰陽師であった。


 彼が指先に止まらせているのは、下級から中級陰陽師辺りがよく通信連絡用に用いる。小さな鳥の形をした通信専用の『小白鳥(こはくちょう)』という名の式神である。


 この式神は、現世では体を構築することすら敵わぬ弱気意識体を、一時的に白紙と呼ばれる文体(メッセージ)を書いた依り代(仮の体)に憑依させて、簡易的な式神と化し、使役する陰陽師基本術式の一種であり、主に通信連絡用として使用されている。


 春明のいる陰陽連総本山の周りには、幾つもの電子機器に影響を与える強力な結界が張り巡らされている影響で、基本的に電子機器が使えないために、常日頃から陰陽連内部への連絡時には、連絡用の小型式神を用いているのであった。


 春明は六花が飛ばして来た。六花の使役する式神の証である六花の花の文様が描かれた式神を指に乗せると、小さく解呪を唱える。


 すると通信専用の式神である『小白鳥』は、文字の書かれている白紙へと姿を変えた。


「春明様。六花様は何と?」


 春明の世話役の陰陽師が問いただす。


「うむ。簡単に言えば、餓鬼洞より現れし悪鬼は、悪鬼にあらず。人に仇なさぬただの『鬼』だそうじゃ」


「では、悪鬼討伐に向かった玲子様と六花様や安国殿たちは無事なのですね?」


「うむ」


 玲子や孫の六花が無事だったというのに、返事を返す春明の表情がすぐれないのを不審に思った春明の世話役の陰陽師が春明に尋ねる。


「何か不都合なことでもございましたか。春明様?」


「う~む。それがのぅ六花の知らせによると、餓鬼洞に出現したと思われる地獄門から大鬼や大量の餓鬼の群れが現れたらしい」


「な!? それは一大事! すぐに六花様や玲子様たちの元へ救援を向かわせねば!」


「まぁそう慌てるでない」


「しかし春明様! 六花様や玲子様に何かあれば一大事にございまするぞ!」


「わかっておる。それにすでにその問題はとりあえずの解決を見ているようじゃしな」


 春明の言葉を聞いて、落ち着きを取り戻した春明の世話役は、冷静な口調で問いかける。


「解決ですと?」


「うむ。なんでも地獄門より現れたと思われる大鬼や餓鬼の群れを玲子や六花が餓鬼洞から現れた鬼と力を合わせて撃退していたそうじゃ」


「まさか!? 鬼と力を合わせるなどっ正気の沙汰ではございませぬ!」


 少し前に落ち着きを取り戻していた春明の世話役の陰陽師は、春明の先ほどの言葉を聞いて目を丸くすると、声を荒らげて怒りの声を上げた。


 めったに取り乱すことのない自分の世話役である陰陽師が上げた怒りの声を聞いた春明は、年の功というべきか。一切取り乱さず、ただ淡々と落ち着いて問いかけに答える。


「うむ。普通はな。だが、餓鬼洞から現れたのは人に仇なす悪鬼の類ではなく。『鬼』らしい。『鬼』であるならば。人と力を合わせることも、あるのかもしれん」


「しかしあまりにも六花様のおっしゃっているお話は信じがたい話であると思いまする」


「うむ。まぁ歴史的に見ても人に肩入れする鬼は存在しておるし、我らの式神としている物等も、もとは悪鬼羅刹や妖怪の類であるから、それほど信じられぬというほどの話ではない」


「なるほど、確かに、春明様のおっしゃる通りかもしれませぬ」


 春明の世話係の陰陽師は、春明の話に耳を傾けて納得がいったように頷いていた。


「うむ。で、その後。六花と玲子と鬼が協力して、大鬼や餓鬼の群れと交戦している最中、その場に道人が現れ、大鬼や餓鬼の群れを一瞬で駆逐したそうじゃ」



 ちなみに六花の式神を使った手紙には、道人が餓鬼洞から現れた『鬼』を手にかけようとしたことも、その鬼を玲子が救ったことも伏せられていた。


 理由としては、人に仇なすと言われている鬼を、悪鬼ではないからという理由だけで救った玲子に対して、鬼を目の敵きにしている者が複数いる陰陽連から下手に罰が与えられぬようにと、六花が春明に宛てようとしていた白紙に書いていた文面を目にした安国が、六花に助言を促したために、六花は安国の助言に従って、玲子と『鬼』とのことを、文面に記すことをやめたのである。



「おおっ道人殿がそれならば安心でございますな!」


「普通ならばな」


「普通ならば?」


「うむ。問題は道人が鬼どもを撃退した後、大鬼や餓鬼の群れが通って来たと思われる地獄門を探しに向かった。というところじゃな」


「春明様。それに何の問題があるのですか?」


「道人。あやつは地獄に魅入られておるのじゃよ」


 自分の世話役の問いかけに、春明は遠い過去を見つめるような眼差しで、遠くの山々を見つめながら答えた。


「道人殿が地獄に魅入られているとは?」


「うむ。こうなった以上もはや隠し立てするほどの話でもあるまい。それに」


「それに? 何でございましょうか春明様?」


「うむ。それに、もしわしに何かあった時のために、信頼に足るもので、真実を知るものは多いに越したことはないと思ってな」


「そんなっ恐れ多くも陰陽連最高位である陰陽頭であらせられる春明様に、何事かなど起こりうるはずがございませぬっ」


「わかっておる。言葉のあやじゃよ。それにわしの世話役として日々世話になり、阿倍野家としても代々世話になっているお主には、時期が来ればいずれ話すつもりであった。聞いてくれるか保春(やすはる)?」


 春明が久しぶりに自分の名を呼んだために、保春と呼ばれた春明の世話役は、了承の意を示すように恭しく頭を下げた。


「春明様のお好きなように」


「うむ。道人あやつが地獄に魅入られるようになったそれを語るには、まずあやつの生い立ちとあやつの背負う業から話さねばなるまい」


 春明は目をつぶり、手元にあるお茶の入った湯呑を両手で包み込むようにした後、世話役である陰陽師の保春(やすはる)に昔話をするように語り始めた。

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