第百二話 憎悪の炎
そういう……ことかよ。つまり、最初に俺を足止めした炎の壁は、一度も沈下せずに常に残っていた。
で、俺はその炎の壁の内側で、『炎の結界壁』を生み出して竜馬を捕らえようとした。
そうなると当然。炎の結界壁の外側に最初からあった竜馬の作り出した炎の壁の姿は、俺の視界から見えなくなる。
当然だ。俺の作り出した炎の壁によって、俺自身の視界が塞がれちまうんだからな。
で、俺の視線の届かないところで、いつの間にか竜馬の炎の壁に、俺の生み出した『炎の結界壁』が、何らかの方法によって、支配されてしまったといったところだろう。
つまり、俺は最初から竜馬の術中にはまり、手の平の上で踊らされてたってわけか? だが納得がいかない。俺と竜馬は『炎の結界壁』の中で死闘を演じていたはずだ。
だというのに、『炎の結界壁』の外側で竜馬の生み出した炎の壁が、独自の意思でも持っていれば話は別だが、俺の『炎の結界壁』を支配などできるものだろうか?
独自の意思という単語を頭に思い描いた時点で、俺はようやく気が付いた。
あの炎の壁自体が竜馬の式神だったっのではないかということに。
疑問の回答を得た俺は、俺の体を炎のカーテンで締め上げながら、得意げな顔をして俺を見つめてくる竜馬へと視線を投じる。
「その面からして、ようやく答えにたどり着いたようだな。ああ、炎鬼。お前の思っている通り、この炎の壁は俺の式だ」
俺の考えを竜馬が肯定してくる。
やっぱそうかよ、くそっかなりの力を持った陰陽師だから式神ぐらい持っているとは思っていたが、まさかあんなに目立つように最初から使ってくるなんて思ってもみなかった。
今回は完全に俺の読み負けだ。
俺は悔しげに口元を噛み締めて竜馬を睨み付ける。
「さてと、種も明かしたことだし、そろそろ終わりにしようぜ炎鬼」
竜馬はそう告げると、俺の死刑執行を断行する処刑人のように呪を口づさむ。
「オンバサラタンカンッアビラウンケンソワカッ火の神の扱う神火にて、炎鬼を塵も残さず焼き殺せっ迦具土神!」
竜馬の命と共に、俺の体にカーテンのように巻きついて締め上げている炎の壁が、本格的に俺の体に絡みつき焼き始める。
「そのまま神の火に飲まれてっこの世からもあの世からも焼き尽くされてっ消え去りやがれ炎鬼!」
こいつは不味いかも知れねえっそう思った俺は、俺の体に絡みつき締めあげてくる迦具土神の拘束を振りほどこうと力を込めるが、俺よりも迦具土神の方が絶対的な呪力の力が優っているのか、どう足搔こうとも俺は迦具土神の拘束を振り払うことができなかった。
そして、そうこうしている間にも、俺に絡みつき俺の体の溶岩石のようなものでできた硬質感のある皮膚を、迦具土神の炎が溶かし始める。
いくら足掻こうが、いくら力を込めようが、決して引きはがせない迦具土神の拘束力に、俺は焦りを覚え、溶岩石のように硬質な俺の皮膚を労せずに、溶かし始めた迦具土神の神火に恐怖を覚えた。
俺の心の中を、言い知れぬ焦りと恐怖が渦巻き始める。
このまま迦具土神の拘束を振りほどけずに、俺の体が溶かされ続けたら、いずれ俺は自分の体を失い。この世に何も残さずに、命を落とすことになるのか? 俺はこんなところで、死ぬのか? 道人の野郎に復讐も果たさぬまま、俺はどこのだれともわからぬ相手に殺されるのか……
それは……ひどく嫌だな。と思った。
そして納得できねぇと思った。
そうだっ納得できねぇっ納得出来ねえんだよっ納得できるわけないだろうが! ようやく、ようやくここまで来たんだ!
俺の見た目が化け物であるにもかかわらず、俺と拳を交え、心を通わすまでには至らぬまでも、共に手を取り合い。命の危機を乗り越えて、六花や玲子という陰陽師たちとは、互いの命を尊重する間柄にまでなったのだ。
そして前世で俺の命を奪った自分の仇に出会い。俺は自分の名を思い出した。
これからなのだ!
出会った当初は多少のいさかいが生まれようとも、玲子や六花のように、俺が化け物であろうが、互いの命を尊重する間柄になれる者たちと、人と化け物という種族の隔たりを超えて、すぐには無理かもしれないが、いずれ心を通わせることができるかもしれない者たちと出会うのは!
そして、前世での俺の命を奪ったものに復讐を果たすのは。
そのためにも、俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。
いや、死んでたまるか!
俺が化け物であろうが、いずれ心を通わせ者たちと、出会うまでは。
そして、奴に。
道人のクソバカ野郎にっ前世の俺自身の復讐を果たすまではっっ!!
俺の荒れ狂う負の感情に後押しされるように、俺の心の奥底から、道人に対しての憎悪が噴出する。
俺の心の奥底から沸き上がってきた憎悪は、黒き憎しみの黒炎。『憎悪の炎』となって、俺の体からあふれ出した。
俺の体に絡みついていたために、俺の体から噴出してくる『憎悪の炎』をもろに浴びた迦具土神は、!? 明らかに動揺し、『憎悪の炎』を嫌がるかのように、俺から身を離そうとするが、今度は俺の『憎悪の炎』が迦具土神を逆拘束して離さなかった。
俺から噴出してくる黒き『憎悪の炎』の存在を、明らかに嫌がっているそぶりを見せる迦具土神を見た竜馬は、すぐさま右手纏わせている『火竜爪』を使って俺の『憎悪の炎』を切り裂いて、『憎悪の炎』に逆拘束をされている迦具土神を開放しようとするが……
『火竜爪』が切り裂いたはずの憎悪の炎は、『火竜爪』が通過すると同時にすぐさま元に戻ってしまっていた。
そればかりか『憎悪の炎』の黒炎に触れた『火竜爪』が、『憎悪の炎』に逆拘束されてしまっている迦具土神と同じように、『憎悪の炎』に侵されてしまっていた。
「ちぃっ『火竜爪』じゃ切り裂けねぇかっしかも触れただけでも燃え移るかよ!」
憎悪の黒炎を『火竜爪』に移された竜馬は、苛立たし気に声を荒げると、すぐさま『火竜爪』を解除して、『憎悪の炎』を打ち消そうとするが……。
残念ながら『憎悪の炎』は、竜馬が『火竜爪』を解除したにもかかわらず、『火竜爪』を発動していた竜馬の右腕を燃やし続けていた。
「ちぃっなんだこの術は!? 『火竜爪』を解除したにもかかわらず、黒炎が消えやがらねぇ!? まさか呪力そのものを焼いていやがるのか!? だとしたら残る手段は、この黒炎が俺の体に燃え移る前にっ俺の発する呪力ごと右腕を斬り落とすしかねぇ!」
消えぬ黒炎に、焦りの声を上げながらも、竜馬は覚悟を決めると、自分の右腕を見つめながら、左腕に『火竜爪』を生み出して、自分の右腕を斬り落とそうと振り下ろした。
だが、竜馬の左腕の『火竜爪』が、『憎悪の炎』に包まれる右腕を斬り落とすよりも一瞬だけ早く。竜馬の右腕が、透明な結界壁に包み込まれたために、右腕を斬り落とそうとしたはずの竜馬の左手に生み出した『火竜爪』が、弾かれていたのだった。
「ちっずいぶんとまぁのんびりしてたじゃねぇか」
先ほどまで焦りの色をにじませていた竜馬は、自分の右腕が結界壁に包まれているのを見て、落ち着きを取り戻しながら、視線を自分の右腕に結界壁を包み込んだ者がいると思われる背後へと向けるが、竜馬の返答に答えたのは、言葉ではなく美しき呪言の調べだった。
「悪しきものを封じ、隔てる壁となれっ比婆流結界術、『四隅』っ救急如律令!」
美しき呪言の調べが俺の耳に届くと同時、俺が拘束している迦具土神ごと俺の体を透明な四角い結界壁が包み込んでいた。
「続けていきますっ悪しきものを封じ、拘束する楔となれっ比婆流呪縛術っ『石柱
』っ救急如律令!」
今度は四角い結界壁に封じられて身動きの取れなくなっている俺の体を、何本もの石の柱が、俺の体を磔にするように貫いて、完全に俺の動きを封じた。
くっ一体何がどうなっていやがる!?
あまりにも立て続けに起こった出来事で、理解が追い付いていなかった俺は、周囲に気配探知や視線を巡らせて、このスキルの出所を探り始めるが、俺がスキルの出所を見つけるよりも先に、スキルの出所と思われる者が、竜馬の背後からゆっくりと呪印を組み、何事かを口づさみながら姿を現した。
竜馬の背後から姿を現したのは、長い黒髪を麻の紐で後ろ手に結わえ付け、白足袋に草鞋を履き、巫女装束の上から腰に桜色の袴を身に着け、巫女装束に収まりきらぬ大きすぎる胸を、サラシで無理矢理に衣服の中に収めている見た目二十歳前後の女性陰陽師だった。
女陰陽師はゆっくりと竜馬の前に進み出ると、俺の方に歩みを進ませながら呪を口づさむ。
「ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、たり、ふるべ。ゆらゆらと、ふるべ。比婆式浄化術、玉響救急如律令」
女陰陽師は、完成した浄化術を、俺と迦具土神と、竜馬のいるこの空間自体を優しく包み込むようにして、自らの体から溢れんばかりの蒼く優しい光を解き放った。
女陰陽師の体から溢れ出た蒼く優しい光をその身に受けた俺や迦具土神や竜馬の体から、黒き『憎悪の炎』が浄化されて沈下したのだった。
不定期更新第一弾です。 いつもより長めにしてみました。m(__)m