第四話
今回は残酷な描写があります。
二人の進む先、そこに貴族然とした装束を身にまとった金髪碧眼、痩身の少年。それと、彼の隣に滑るようにたたずむ銀髪長耳の幼女の影が立ちはだかったのは。
「問題提起、対象が一般人と接触」
突然の否定の声に一瞬戸惑ったアラン。しかし、すぐに異変を察知してその表情を引き締める。さっきまでは帰宅を急ぐ人が足早に歩いていた、しかし今は目の前にいる二人以外一切の人影がなかったのだ。
「君たちは……(細剣に……血の匂い!)」
鉄さびの匂い、何より市内で帯剣を許可されるのは聖騎士だけという事実。突然現れた聖騎士の姿に、普段の彼からは考えられないことに警戒心を抱くアラン。自分と同程度の年齢のそれを驚愕の目で見ながらも思い出す。
「(ローランの聖騎士、何でこんな所に。それよりもあの血はカーリーの怪我と何か関係が……)聖騎士様がなんの用ですか?」
「僕は彼女の護衛を依頼されたものでね。でも、彼女とは道半ばで不運にもはぐれてしまったんだ。なので、このまま連れていかれると大変困るわけだ」
その発言にアランの持つ不信感はさらに肥大化していった。あんな空中高くから落下してきたのを果たしてはぐれたなどというだろうか。
「人違いでしょう、こいつは俺の妹ですよ」
アランはとっさに誤魔化していた、何か良くないものを感じていたのかもしれない。
「返してもらえないかな?コロラド州の研究所で所員400名を殺害した調律者カーリーを」
「双眸一致」
(なっ!)
驚愕に目を見開くアランをよそに、少年の後を引き継ぐように言う銀の幼女。その目は鋭くカーリーだけを捉えていた。アランはそれだけで察した、察してしまった。この二人が言ってることが事実なのだと。
「リーィはぁ……」
どこか諦めたように声を上げようとするカーリーを制してアランは言う。
「例えそうだとしても、この子は渡せない。少なくともあんた達がこの子にとって味方だって確認できるまでは!」
「アラン?」
アランの返答に、肩をすくめてあきらめたように答える少年。
「そうだね、それももっともだ。しかしね、僕は思うんだ……それでは遅いんじゃないかってね!」
突然高まる聖騎士の源泉。ジョーは剣を腰から引き抜き、光線のような一撃でカーリーの心臓を貫く。源泉によって延長された剣先は発光し、確かに少女の臓腑に喰らい付いていた。
「ごふぅ……」
「カーリー!」
突然の凶行に驚き、とっさに駆け寄ろうとするアランを手で制するカーリー。
「こな……いでぇ、あふれちゃぅ」
幻のように散っていく源泉の剣先。剣が解けた先からあふれだす鮮血は、しかし時を巻き戻すようにして、周囲の物を滅茶苦茶に巻き込みつつ逆流する。震えるように立つカーリー、その周囲はえぐり取られたように物がなくなっていた。
「くっ、はぁああぁ……」
「それは400人の命を吸った文字通りの化物、この程度の傷では周囲の物に喰らいつき即座に蘇生する。これでも君にはそれが人間にみえるのか?」
まるで、小さい子に言い含めるように、そして何より自分を納得させるように続ける少年。その瞳には夕日が反射し静かだが強い意志の光をたたえていた。
「わかっただろう、その子に守る価値などない。自分が危機に陥れば周囲の命を奪ってでも助かろうとする、あさましい怪物だ。僕の任務はその子を護衛し、しかる場所で殺害すること。関係ない君はおうちに帰ってママにでも慰めてもらいなよ」
「ジョー、目撃者は……」
「わかっているさ、でも向かってこないものまで殺す必要はない……」
責めるように問う少女に、何かを確信したように言う少年。
「ふざけるな……ちょっと変わった力があったからってなんだ。そんな簡単に切り捨てられるか!」
アランの中で蘇るのは、10年前の地獄のような風景。怪獣の手によって散っていく無数の命。ジョーが言っていることが事実だとすれば、カーリーは大勢を殺した大罪人だろう。しかし、アランには今日見たカーリーが、なんの理由もなく人を殺すようには思えなかった。
「カーリーはなんで人を殺したんだ?」
「……殺されそうになったのぉ。それで、気が付いたら、殺し返していたのぉ」
信じたいと思った、信じようと思った。なによりあの日、少年が見た聖騎士ならば、絶対に見捨てはしないという思いがあった。
「アラン、いいんだよぉ。カーリーィはいっぱい殺したぁ、食べちゃったぁ。だからこれは罰なのぉ、悪い竜は騎士に倒されるんだよぉ」
俯くカーリーを抱きとめるアラン。
「そんなわけあるか、生きろよ。生きてるってことは、それだけで素晴らしいんだ。なにより、今日一緒にいたカーリーは、あんなに楽しそうだったじゃないか」
少しの間、ほんの束の間一緒にいた少女。しかし少女は彼の中で確かに生きた人間で、守るべき友だった。
「お前に救いがないのなら、俺がお前の騎士になる!俺はお前の友達だ!」
「アラン」
その声が最後の宣告だった。アランはこのとき確かに宣言したのだ、この娘を守って敵対すると……。
「……その意思があるならば、話は別だ」
「カーリー!」
先程と同じように急激に高まった聖騎士の源泉。それを感じたアランは、とっさに少女を突き飛ばしていた。再び瞬いた剣線にさらされるアラン。
「がああああああぁ!!(さっきの光学魔法!)」
「アラン!」
心の臓を射抜かれた少年に飛びつく少女。
「あなたはぁ、私が死なせないぃ!」
吹き荒れる源泉の風。アランとカーリーを中心に黒い繭が発生する。それは周囲の光を巻き込み、局所的に夜空の銀河を想起させる輝きを放った。
「奪う事しかできない魔法でどうやって他者の死を回避する。まさか……死すらも奪うというのか!?」
「ジョー!」
「わかっている!」
「「今ここで、最大戦力を投入する!!」」
黒い銀河の中心で、少年少女は見つめ合う。
(うれしかった)
深紅の双眸からあふれるように涙を流す少女
(カーリー)
晒し合う二人
(生きてもいいと言ってくれた)
少女は少年の首へと手を伸ばし、その体を自身へと引き寄せる
(あなただけが許してくれた)
暗い星々のただ中で二人きり
(私の騎士)
誓いの言葉を口にする
(私の源泉をあなたにあげる)
それは、始まりの声
(此処に誓いを、俺は君の騎士となる)
銀河の中心で爆音がとどろいた
つないだ両手に力を込めて、金髪碧眼の聖騎士ジョーと銀髪長耳の調律者ローランは叫ぶ。高まった源泉は局所的な暴風を呼び、発光するオーブが飛翔する。
蒼銀が唄う、
「「汝、堅き砕くもの、【デュランダル/不滅の刃】!」」
空間を割り、雷光を伴って現れる白の機人。額から突き出た一本のブレードアンテナ、鈍色に輝く装甲には青のラインが走り、関節部からは白い光が漏れ出ている。兜のスリットから除くデュアルアイは黄色く発光し視線を眼前の銀河へ向けた。
黒金が告げる
「「汝、全て奪うもの、【ドゥルガー/簒奪王】!」」
銀河を絶ち裂き、風と共に現れる漆黒の機人。二本の兜飾りが天を突き、後頭部から垂れ下がった兜の飾り尾が風になびく。牙をむいた鬼のようなマスク、関節から立ち上る漆黒のオーブ、緑色に輝くデュアルアイが視線を眼前の敵へとむける。
機人の中核、淡く輝くコア内部で、シートに座った二人はにらみ合う。