第二十三話
顕現したドゥルガーの眼前で、異形の神たるメリュジーヌはさらなる変化を遂げる。四肢は巨大化しその背後からは無数の、武器を持った機人の腕が展開される。それは今までヴェーダに徴収された、聖騎士達の記録をもとに複製された武装達。聖剣、魔剣、神刀の名を関する最終武装。虹色のオーブを立ち上らせるメリュジーヌの、それが戦闘態勢に移行したという意思表示だった。
「いけるか?カーリー」
(うん!大丈夫だよアラン!)
ドゥルガーのコックピット、淡く輝く球体の中でシートに座った少年。艶やかな黒髪にスカイブルーの瞳をした、アラン=フリーマンは、己が半身たる調律者に問う。コックピット内部に投影されるホログラムとして、小麦色の肌に、日向色の髪、頭部から生えた巻き角、深紅の瞳をした少女、カーリーが答える。その瞳は生気に満ちて、髪からはあふれんばかりの源泉が迸っている。
「まずは、邪魔なブラフマーを引きはがすぞ!」
(うん!)
今もなお激増する源泉を纏ったメリュジーヌとドゥルガーが激突する。闇色の拳が剣が振られるたびに、メリュジーヌから放たれる炎が雷が水が風が喰い抉られる。
「弾幕が厚すぎる!」
(左腕負傷、損傷軽微、魔法制御多動体固定)
「ワームクラッシャ――――――!!」
ドゥルガーから放たれた複数の暗黒球が空を埋める。瀑布となって押し寄せる魔法攻撃と衝突したそれは、空も大気も爆炎もすべてをまとめて吸い込んでいく。その時だ、メリュジーヌの眼光が瞬き、空から閃光の槍が降ってきたのは。
「ブ、ブブブ、ブラフマーストラァアアアアアアアアアアア!!」
(アラン!上だよ!)
「くの!ヴォイド・ウォール!!」
連続して瞬く閃光、かわし切れないと悟ったアランは、ドゥルガーを中心に球状の障壁を張ることでそれに耐える。しかし、ブラフマーストラの威力もさるもの、障壁を貫通しなお機体に損傷を与える閃光の槍。
「くそ、厄介すぎるだろ!」
(今のうちに、本体を!)
「応!!」
損傷を覚悟してメリュジーヌに突貫するドゥルガー。相手はその時を待っていたとばかりに、光帯を伸ばしてくる。触れば侵食してくる光帯に対して、簒奪魔法でもって対抗するドゥルガーだが……。
(だめ!アラン!)
抉り取った部分を、以前に取り込んだ物も含めて周囲に吐き出すドゥルガー。吐き出された触手はのたうつと、メリュジーヌ本体に吸収されていく。
「どうした!?」
(さっきは気づかなかったけど。こいつ、取り込んだ先から侵食してくるみたい)
「ちっ!簒奪魔法で丸ごと消すなんて出来ないわけか」
(ごめんなさい)
「カーリーのせいじゃないさ。とにかく、ブラフマーを何とかしよう。それだけでだいぶ違うはずだ」
(うん!)
目標は依然変わらない、まずはブラフマーをメリュジーヌの中から取り除く。そのためにドゥルガーが動こうとした時だ。メリュジーヌが天を仰ぎ、その両手を大きく広げたのは……。そこで、力を使い果たし倒れ伏していた学園長達から通信が入る。
「まずいぞアラン!」
「学園長!?通信するとまずいんじゃ?」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ!いまブラフマーから緊急コードが発信されたのを確認した。すぐに降ってくるぞ!」
「降ってくるって何がですか!」
学園長、ステラ=ローズは一拍置くとその名を告げる。
「核だ!!」
宇宙空間、静止衛星軌道上で待機するブラフマーストラが唸りを上げる。姿勢制御用の翼が開き、レボルバーが回転する。華が開くように中心部の砲身が展開し、そこから現れるのは……。
(緊急コード確認、包囲角固定、最終安全装置解除)
「【ブラフマーストラ・ドゥニヤカアント/創世神話・終末の焔】」
それからすぐのことだった、ドゥルガーのレーダーが大気圏外から飛翔してくるソレを捉えたのは。高速で落下し、大気との摩擦で赤熱するそれの名は原子爆弾。前時代に人類が戦争の抑止力として作り出した、大量破壊兵器である。
「なんで、そんなもの積んでるんですか!?」
「しょうがないだろ、当時の軍部は科学バカだったんだよ!!」
「くっそ!カーリー!!」
(やろう!アラン!!)
光帯を体に巻き付け、光る卵のような防御携帯に変化するメリュジーヌを無視し、ドゥルガーは空へと飛翔する。核爆弾が着弾すれば、爆風と放射能によってNYは死の街になってしまう。アランとカーリーにそれを見過ごすという選択肢はなかった。
ミサイルの突入速度は秒速二キロメートル。ドゥルガーの反応速度であれば掌握し、消し飛ばすのは容易だった。
「いくぞ!!」
(――アラン!!)
ドゥルガーの指が弾頭に届こうかというときだった。卵状の繭内にてメリュジーヌは見ていた、人工衛星ブラフマーストラを通して、その瞬間を。ドゥルガーの指がかかった瞬間、遠隔操作で起爆される核爆弾。白熱する視界、至近距離で感じる圧倒的な火の力。
「ぐ、がぁあああああああああああ!!」
(■■■■!!)
轟音によって封鎖された聴覚に、カーリーの声が響く。ドゥルガーを中心に展開された簒奪魔法は、放射される爆風とガンマ線をすんでのところで抑え込んでいた。上空に展開される、爆炎交じりの漆黒の球体。思考をシェイクされながらも、アランは機体の制御を手放さなかった。臨界に達して荒れ狂う核を、その両手で封じ込めるドゥルガー。一秒が一分に、一分が一時間に感じるなかで、アランはそれに出会う。
(大丈夫、ドゥルガーなら。カーリーなら耐えられるわ)
「あなたは……ミランダ?」
(そう、私はミランダだよ。アラン君)
「あなたは、死んだはずじゃ……」
(正確にはちょっと違うの。カーリーの魔法は奪ったものをエネルギーとして蓄える。それは霊的な、魂と呼べるものも含めて何もかも。今の私は、いわばエネルギーに残った心、幽霊みたいなものなの)
「カーリーはそのことは?」
(知らないと思うは。知らないほうがいいことだもの)
「そんな!きっと喜ぶはずです」
(いいえ、それは出来ないわ。だって、私達はこれから消えなければならないから)
白く果て無き空間で、アランはカーリーの母、ミランダと出会う。しかし、それは別れでもあって……。
(メリュジーヌは簒奪魔法では滅ぼせない。なら、残る手段は一つだけ。今まで奪ったすべてのエネルギーを、今まさに奪おうとしてる核の力を、ドゥルガーの力として解き放つのよ)
「それじゃあ!あなたは!」
(ええ、消えるわ。だから、これでお別れ。カーリーのことをよろしくね。あの娘の騎士様)
「あなたは――――」
そこで、アランの意識は現実に引き戻された。少年の瞳からは涙がこぼれ、その歯は食いしばられている。気が付けば閃光は収まり、漆黒の球体は全ての火を飲み込んで、その手のひらに握られている。
(アラン、泣いてるの?)
「ああ、何でもないよカーリー。行こう、決着をつけに!」
アランは感じていた、ミランダの意識が分解されエネルギーに還っていくのを。それだけじゃない、その他大勢の人間の意識が、ドゥルガーの中でなにがしかのエネルギーになるのを。悔しさでこぼれた涙をぬぐい、それでもアランは前を向く。少年は決めたのだ。何があろうと、少女を守り抜くと。手に握ったコントローラーを握りしめるアランの眼前に、一つのディスプレイが瞬いた。それはドゥルガーの奥の手……抉り取った質量をエネルギーに変換し放射する最終兵器。
(アラン……これって)
「できるか?カーリー」
(うん……あなたの為なら)
空中から、防御姿勢を解いたメリュジーヌに向けて降下するドゥルガー。原子力爆弾の投下によって、メリュジーヌの呼んだ雲はドーナツ状に晴れ、青空をのぞかせている。ドゥルガーがその手に握った球体を握りつぶすと、装甲が軋みを上げて駆動する。胸部から肩、肩から腕、大腿から脚、背部推進器と続いて最後に頭部が展開する。装甲は光を発し純白に染まり、裂けた鎧からは虹色のオーブが立ち上る。背後には光輪と十六本の光腕が浮かび上がった。
「【ドゥルガー・チャンディーガル/極光神・女神戦形】」
取り込んだ莫大な質量と熱エネルギーを源泉に変換し、光を発する者が大地に降り立つ。街の誰もが、その光を仰ぎみる。老人は頭を垂れ涙を流し、子供は羨望の視線を向ける。世界の終わりを告げる、凍土の支配者の前に。今、極光の聖騎士は降臨する。