第二十一話
それは、ずっと待っていた。肉が滅び、源泉だけの存在になっても。地中をさまよい、たゆたいながらも。自分を目覚めさせるものが現れるその時を、自分が目覚めるべきその時を、ずっと待っていた……。
ブラフマーのコックピットに現れたギルバートが微笑むと、超巨大機人から光の帯が伸びブラフマーへと絡みつく。それは、装甲を侵食し、機体内部に流れる源泉を侵食すると、すさまじい速度で機体の制御を奪っていく。光帯の侵食に合わせ、機体の所々が結晶化していくブラフマー。調律者たるリンデンは抵抗を試みるが、その演算速度をもってしても抗うことはできなかった。一方、機体内部、ブラフマーのコックピット内にてミハエル=アイエン。くすんだ金髪に無精ひげを生やした、新緑の瞳を持つ男。彼は心の底から追い求めていた女性、ギルバート=オデッセイと思しき存在と相対していた。
「お前は誰だ!」
感情の赴くままに、ミハエルは懐から拳銃を抜き、源泉を込めてギルバートと思しき女に向ける。しかし、女は薄く微笑んだままその両手を開きミハエルを迎え入れようとしている。艶やかな黒髪は長く、一糸まとわぬ体は女性らしい起伏に富んでいる。震える銃身を両手で固定して、ミハエルは歯を食いしばる。
「おかしなことを言うのね、ミハエル」
「おかしなものか。誰よりも聖騎士の使命を尊重していたギルが、人々のためになげうった時間を、退屈だったなんて言うわけがない!」
そう、自ら進んで。ミハエルの代わりに人柱になったギルバートが、そんなことを言うわけがないという確信が、彼にはあったのだ。女の額に銃口を合わせ、銃身から源泉をあふれんばかりに発しながら、ミハエルは再度問いかける。
「もう一度聞く、お前は誰だ」
すると、女は銃をものともせずにミハエルに接近すると、その体を抱きしめて囁くように、彼に告げるのだ。その言葉を受けて、思わず硬直するミハエル。
「あなた達は私達を、メリュジーヌと呼ぶわ」
彼は戦慄した、その名に聞き覚えがあったからだ。何より聖騎士として、怪獣と戦う者でその名を聞いたことがないものはいなかった。ミハエルは確認するように、その名を口にする。その唇は震えていた。
「日蝕氷姫の……八大龍王。お前は、90年前に核の飽和攻撃で、フランスと共に滅んだはずだ」
90年前。2120年のフランスに現れたメリュジーヌは、一晩のうちに国土の九割を凍土に変えた。それは、その後も隣国へ侵食しようとしたために、当時まだあった国連による最終判断が行われた。複数の核爆弾による飽和攻撃。それでもってようやく、その肉体を保護する源泉と共に灰塵となったはずだった……。それがなぜ、今になって表れるのか。
「あなた達の尺度で測らないで欲しいわ。肉は滅びても、源泉に乗って循環する。それが私達のあり方なのだから」
ミハエルの声を否定するそれは、どこか楽し気にコロコロと笑っている。
「なぜ、お前がこんなところに」
「嫌だわ。呼んだのはあなた達じゃない。源泉の流れに向かって、強い収集力のある魔法を放ったでしょ?」
確かに、ミハエルは簒奪魔法を地下の源泉に向けてはなっていた。それというのも源泉の流れに拡散したギルバートの意識を引き戻すためだ。
「その流れに、乗らせてもらったのよ。おかげで予定より早く、地上に出てこれたわ」
そういう、メリュジーヌは愛おしそうにミハエルの頬をなでている。
「ギルバートは……」
「彼女もまた私達よ?私達に溶けているの。そうして、あなたも私達になるの」
その声と共に、ミハエルの体を侵食する結晶体。結局、彼にはギルバートの姿をするそれを、撃つことができなかった。
「……すまない、リンデン」
後悔と自責の念から、己がパートナーに謝罪するミハエル。
(主上、力不足で申し訳ありません……)
それに答える声を聴いて、ミハエルの意識はゆっくりと眠りについていく。ブラフマーの調律者、桃色の髪に褐色の肌、額から一本角が生えた和装の従者。リンデンが最後に見たのは、結晶体に閉じ込められ、源泉をゆっくりと溶かすように奪われるミハエルの姿だった。そうして、ブラフマーの制御が乗っ取られるとともに、彼女の意識も闇に沈んでいった。
「あは、また始めましょう。冬の時代を。でも……」
それは薄く笑っていた、九〇年ぶりの地上はそれにとっては心地よい寒さに支配されている。人々は以前と同じように集団で生活しているようで、あたたかな源泉の光がそこかしこから感じられた。
「お腹がすいたわ。まずは、ごはんにしましょうね」
それは動き出す。以前と同じように、国一つを飲み込んで。自身の空腹を満たすために。
※
学園長はそれを知っていた。教員として、それの恐ろしさを生徒に伝える為に。九〇年前にフランスに現れた、八大龍王の一角。一晩で一国を凍土に沈めた氷姫。雲を呼び、雪を降らせ、極寒地獄を呼ぶもの。
「国飲み、日蝕氷姫のメリュジーヌ!」
源泉炉心から這い出した、超大型機人。取り込まれたブラフマーを上半身とすれば、それは手を突き四つん這いになった獣の首から下のようだった。全体を青く発光する結晶体で覆い、周囲に光の帯をのばしている。異形のケンタウロスとも呼べる怪物。その姿は、聖騎士学園学園長ステラ=ローズがかつて資料でみた八大龍王のそれと酷似していた。
「こんなのがいるなんて、他国に知れたら……核の雨が降るぞ!!」
異形のケンタウロス、メリュジーヌがその首を市街地に向け足を踏み出した。その時だ、空を切り裂き黒い影が舞い降りる。それは重装し、機体後部のスラスターから爆炎を吐きながら飛翔する剣。学園長と工房長のダンが二人で魔改造した実験機、フルアーマー・クレイモアだ。フルアーマー・クレイモアは超電磁砲でメリュジーヌの脚を止めると、その上半身。ブラフマーへと肉薄する。
「あれは……フルアーマー・クレイモア。アランか!」
しかし、学園長はその知識から知っていた。いくら強化改造されたクレイモアとはえ、メリュジーヌには届かないことを。
「まずい、まずいぞ、アラン!お前じゃそいつには届かない!」