第十八話
再度、空中で激突する二体の機人。ブラフマーストラを撃たせないため、アリスは必死にブラフマーの軌道へ喰らい付く。人間が操縦しているとは思えない速度で飛翔するジョワユーズに対して、ブラフマーは衛星兵器の狙いを定めることができず、接近戦を余儀なくされる。空へ黄金色の軌跡を残し、二体は踊るように殺し合う。
「しつこい!」
「あなたこそ!」
ミハエルは悟った、この女は接近戦の技量だけなら自身に匹敵する。ならば……。
「ならば、こうするまでだ!」
(目標補足、拡散仕様、人工衛星ブラフマーストラ起動)
静止衛星軌道上に存在するブラフマーストラが翼を広げ、うなりを上げる。地上へ向けられたレンズが極光に染まり、レボルバーが音を立てて回転する。
「何を!」
「さあ、騎士団長どの、その力で部下を守れるか?」
瞬間、アリスは悟っていた。ミハエルの狙いがもはや自分ではないことを。
「まさか!あなたという人は!」
瞬間、空から無数の光が降り注いだ。それの狙いは騎士団長ではなく……いまも地に倒れた彼女の部下たち。光線は次々と部下に着弾し、その機体に孔を穿っていく。傷だらけの荒野に無数の爆音がとどろいた。
「貴様ああぁあああああああ!!」
そう叫ぶと、彼女が向かったのはブラフマーではなく、上空だった。空から降り注ぐ殺人光線から、部下を守る盾になるためだ。ジョワユーズは源泉を受けて七色に輝くランスを上空へと向け叫ぶ。
(光波防御壁、全力展開!)
「【シャルル・ジョワユーズ/虹の一輪】」
広がった七色の防壁が、全ての光線を受け止めた時だ。ジョワユーズの背後から迫ったブラフマーの右腕第二腕手刀が雷撃と共に、その機体を貫いた。空を覆ていた虹色の花が散る。
「きゃあああああああ!」
ブラフマーは地上へ落下したジョワユーズを見届けると、その場を飛び去ろうとする。そこへ、かろうじて意識のあった騎士団長が言葉をかける。
「……あなたは、わかっているんですか?何の準備もできていない現状で、源泉炉心を止めるということは……」
「わかってるさ、多くの人間が飢えと寒さで死ぬだろうな。もしかすると十年前のように、あふれ出る源泉にひかれて怪獣が攻めてくるかもしれない……」
自身が巻き起こすであろう、絶望的な未来を告げるミハエル。
「なら!」
「だが、それがどうしたっていうんだ?」
「え?」
アリスは呆然とした、この男は自分の行いが大勢の人間を殺すとわかっていても、それでも全く意に介さないというのか。
「なんで……」
「一般人の中には、聖騎士を化物のように扱う者がいる。そいつらにとっては、聖騎士も怪獣も同じなんだとさ」
「それは、理解が足りないだけで……クッ」
怪我の痛みに思わず悲鳴を漏らす騎士団長へ、ミハエルは告げる。新緑の瞳は曇り、その奥ではメラメラと憎悪ともつかない感情が燃えていた。
「そんな奴らのために、なぜ俺たちが、ましてや彼女が犠牲になる必要がある!」
「あなたは!間違っている!」
「構わないさ、たった一人の恋人さえ救えれば!」
ブラフマーはそれだけ言うと、会話を打ち切って飛び去って行った。騎士団長はそれ以上何も言えず、意識を失った。荒野には乾いた風だけが残った。
※
様々な人がソレを恐怖の眼で見ていた。郊外で巻き起こった暴風と雷撃、神話の再現のように空から降り注ぐ無数の光柱、空を覆い尽くす虹の大輪。多くの人が怯え、見守る先からそれは現れた。前後左右四面の顔に紫色のデュアルアイ、純白の装甲には要所要所に黄金の装飾があしらわれている。四本ある腕のそれぞれには、聖典、数珠、水瓶、柄杓が握られ、黄金色のオーブを飛散させながら、源泉炉心ギルバートへ向けて一直線に飛翔するブラフマー。それは、各所に配置された対空装備を水瓶から放つ暴風と数珠から放つ雷撃で無効化しつつNY上空を切り裂いていった。
「久しぶりだね、ギルバート」
(聖典から情報を取得、回路変更)
「【セラス・ヴァジュラ/降り注ぐ雷霆】」
源泉炉心に向けて一直線に飛翔したブラフマーは、地上の構造体をその火力で根こそぎ吹き飛ばす。インドの第二世代型機人ヴァジュラの使う大魔法「降り注ぐ雷霆」は雷で出来た無数の巨大な槍を源泉炉心に打ち込み、地下までの道を抉り抜く。ミハエルの目の前には今や、地上の建物は破壊されて、地下大空洞、超大型機人が丸見えになっていた。
「ギルバート……」
その時だ、地下に向かってゆっくりと降下していくブラフマーに、静止の声がかかったのは。
「待ちな、ミハエル!」
学園から出撃してきた、学園長たちだ。そこにはアグニ、デュランダル、ダークの姿があった。一対多を得意とするブラフマー相手に、大勢連れてきても無意味だと悟った学園長は、作戦に必要な最低限の人員だけを連れてきていたのだ。
「先生……しつこい女は嫌われますよ」
「余計なお世話だ!今すぐ降参すれば許してやるよ、ミハエル!」
「お断りです、どうせ降参してもボコボコニする気でしょ」
「応!」
そう笑顔で答える学園長に、苦笑いで答えるミハエル。
「だから嫌なんですよ、脳筋は」
「なら、ぶん殴って連れ戻す!!」
アグニはブラフマーと相対し、その関節部から烈火のごときオーブを迸らせる。一方、アグニの背後に陣取った、デュランダルとダークも互いに会話をしていた。
「こんな時にフリーマンは……」
「しょうがないだろ、機人の調整に時間がかかってるんだ、むしろあいつが来るより前に倒して、俺らで嬢ちゃんを救っちまおうぜ!」
そういうクラッドにジョーは気合を入れて答える。
「はい!」
そう、アランは機体の調整が間に合わず、まだこの場に駆けつけられていなかったのだ。しかし、時間の流れは残酷で、急には止まれないもの。アラン不在のまま、今まさに戦いが始まろうとしていた。