第十六話
「……ブラフマーは強い、今は少しでも戦力がほしいんだ。州軍にも参戦の申請したら割とあっさり許可が下りたぜ。ってのが建前だ……本当は止めたいんだが、お前どっちみちブラフマーが出たらなんとしてでも突っ込んでくだろ?」
学園長の問いに、姿勢を正して意を決したように答えるアラン。
「はい!」
「それなら、最初からこっちで武器を用意して突っ込ませたほうが、まだましだと思っただけだ。それに、少しでも戦力がほしいってのは本当だしな」
深刻そうに語る学園長に、思わずつばを飲み込むアラン。いつもはひょうひょうとしている学園長が、この時だけは年相応の大人の顔を見せていた。
「そんなに強いんですか?あいつは、ブラフマーは……」
「ああ、強い。ブラフマーはもともと第三次ワシントン奪還作戦のために用意された決戦機体、本来は八大龍王の一角、黄金蛇竜ケツァコアトルを落とすための切り札だったんだ。……その出自ゆえに、対抗するには圧倒的な数よりも精鋭が必要なんだよ。おまえ、ジョーと戦って勝っただろ」
ケツァコアトルに対抗すると言ったところで息をのむアラン。八大龍王とは討伐難易度Sオーバーの怪獣、世界最強戦力の一角に数えられる存在だった。それ一匹で都市を、時には国家すら壊滅させる真正の化物達。中でも黄金蛇竜はワシントンを壊滅させ、アメリカという国家を解体寸前まで追い込んだ仇敵だった。そんな存在に対抗するために作られたものに挑む。まさに決死の覚悟が必要だった。
「あれは……カーリーの力があったからです」
当時のことを思い出して、そう答えるアラン。じじつ、カーリーとドゥルガー以外の組み合わせであったら、最後に負けていたのはアランのほうだっただろう。
「そう卑下するな、実際の映像を見せてもらったが、機体の精密動作だけなら目を見張るものがあった。十分戦力になると思うぞ」
そう言ってほめる学園長に、若干照れながらも、アランは聞かなければいけないことを聞く。
「それより、ブラフマーについてもっと詳しく教えてもらえませんか?」
これから戦う敵について、少しでも多くの情報を集めようとするアラン。
「ああ、ブラフマーについては、一番厄介なのは機体自体じゃないんだ。まあ、四本の腕に持っている特殊装備も厄介なのは変わりないんだが。一番危険なのは【ブラフマーストラ/原初の火】と呼ばれる拡張武装でな……まあ、それについての対策は避けろとしか言えんが……。パイロットにいたっては、もっと厄介だぞ。ミハエル=アイエン……私の教え子だった男だ」
「学園長の知り合いだったんですか!?」
アランは想わず声を荒げていた。あの時、自分からドゥルガーを奪い、カーリーをさらった機体のパイロットが、まさか学園長の知り合いだったとは……。昔を思い出し、懐かしむように学園長は答える。組んだ腕は震え、硬く握った手は腕に食い込んでいた。
「ああ、直々に訓練してやったさ……」
ステラはその脳裏に遠い昔を思い出す。
「ミハエルはあたしの生徒の中でも、ずぬけていてな。将来を期待されるトップガンだった。軍にはいった後のアイツは、次々と凶悪な二つ名付き怪獣を討伐してな。ついにはブラフマーのパイロットに選ばれた。それも、第三次ワシントン奪還作戦でMIA、生死不明ってことになってたんだがね……」
当時のことを思い出し、悔しそうに唇をかむステラ。作業台に腰かけた彼女は、若干落ち着かない様子でいた。
「そんな人が、なんで源泉炉心を狙うんですか?」
少しの間、押し黙ったステラは意を決したように語りだす。その様子は、まるで教会で罪を告白する罪人のようであった。
「……十年前、源泉炉心の中核が代替わりしたのは知ってるね?」
「はい、その時漏れ出た源泉にひかれ、怪獣が大挙して押し寄せたのが、前回の大戦ですよね」
アランもそれは知っていた。なにより、十年前のNYにいてそのことを覚えていないものは、誰一人としていないだろう。冬の時代に似つかわしくない、あの灼熱の地獄を、なによりアランの夢はあそこから始まったのだから。
「源泉炉心の中核に何を使うかは知ってるかい?」
「?……量子コンピューターですよね。確か、大気中の源泉を呼び水に、地下の源泉を引き上げてるっていう特殊な演算をしているとか」
聖騎士訓練学校に入学して数週間、授業で習った内容だった。機人に搭載するような小型の源泉炉心は搭乗者の源泉を呼び水に、大気中の源泉を収集する。それに対して、都市機能を賄うような大型の源泉炉心は量子コンピューターを利用して、大気中の源泉を呼び水に地下から源泉を大量に汲み上げる仕組みだ。
「それは表向きの話さ」
「……表向き?」
苦々しく、とても気に入らないことを口にするように、歯をきしらせて言葉を発するステラ。指は一層握りしめられ、その手は白くなってしまっている。彼女は数秒時間を空けると、意を決したように語りだした。
「源泉炉心の中核にはね……生きた人間を使うのさ」
「……は?」
アランは一瞬、何を言われたのか理解できない風であった。突然の告白に頭が白くなる。
「簡単な話さ、超弩級の機人を用意して、それを操縦する聖騎士の源泉を呼び水に、地下を流れる源泉を汲み上げる。当然、普通の状態ではそんな量の源泉に耐えられないから、搭乗者は半ば源泉と一体化し、二度と動かせなくなる。要は人柱で動いてるのさ……あいつはそれを知っちまったんだ」
「……そんな。そんな馬鹿な事って!」
瞬間的に怒りが沸き上がり、否定の言葉を発するアラン。手はきつく握られ、血の気が引き、白くなっている。まるで地面が崩れてしまうような感覚、自分の今までの生活が、誰かの犠牲の上に成り立っていたと知らされて、アランは呆然とした様子だった。
「ああ、もちろん馬鹿で非人道的だ。でも当時は、それ以外に方法がなかった」
「……それじゃあ、ギルバートっていうのは、量子コンピューターの名前じゃなくて」
表向き、源泉炉心は固有の名前を持ち、それは中核である量子コンピューターの名前だと発表されていた。
「人柱となった聖騎士……ミハエルの恋人だった女、ギルバート=オデッセイの名前さ」
「……」
途端にあたりが静かになった。誰も何も言わず、身じろぎもしなかった。まるで、空気が凍りつき、地球上のすべての時が止まってしまったようだった。
「今なら大丈夫なんだ。もう十年前とは違う、もうちょっとで本当に量子コンピューターを使った源泉制御を実現段階までもっていけるんだ。もうちょっとなんだ!」
「学園長……」
思いのたけを吐き出し、壁を殴りつけるステラに、心配そうな目を向けるアラン。この人は今まで、どれだけのものをその背中に背負ってきたのだろうか。
「いま、源泉炉心を止めれば、それこそとんでもないことになる。誰もあいつの味方をしてやれなくなっちまう……頼むアラン、アイツを止めるのに力を貸してくれ!」
そう言って頭を下げるステラに対し、アランは何も言えなかった。
「……(ミハエルさんを止めるということは、ギルバートさんを救わないということ……俺は……)」
その時だった、学園長宛てに内線が入ったのは。内線に出たダンは、二言三言会話すると、緊張した面持ちを二人に向ける。その表情が告げていた、運命の歯車はもう動き始めてしまっていたことを。
「NY郊外にブラフマーが出現。……応戦した州軍が壊滅したそうだ……」
アランにはもう悩むだけの時間は、残されていなかった。
※
数十分前、NY郊外某所。ミハエル=アイエンは、自身の調律者であるリンデン、協力者である聖騎士達と共にその場にいた。
「行くのか?旦那……」
「ああ」
ローブを纏った聖騎士の問いにそう答えるミハエル。長年追い求めた恋人を、これから迎えに行くその表情はうっすらと笑みを浮かべている。
「そうか……取り戻せるといいな」
「ありがとう。解放軍には世話になったよ」
微笑んで告げるミハエルに、どこか照れたような協力者。解放軍、源泉炉心の撤廃を求めるテロリストの彼らにはよく世話になり、代わりに戦力として協力をしていた。
「良いってことよ、こっちも利益があってのことだからな」
「ふふ、そうだな。ではいこうかリンデン」
ミハエルの声にこたえる少女、桃色の髪、褐色の肌、黄色の眼、額からは一本の角が生えている。丈の短い和服を着た少女は自身の主に手を伸ばす。
「はい、主上」
二人は手を取り、祈るように告げる。朝を迎え昼へと行こうとする冬空のもとに、二人の声がこだまする。飛ぶ鳥は遠く、空はどこまでも続いている。
「「汝、衆生を救う者、【ブラフマー/創造と破壊の太陽】」」
光と共に現れる機人。純白の装甲に黄金の装飾、前後左右についた四面のフェイスパーツ、四本ある腕にはそれぞれ数珠、本、柄杓、壺が握られている。関節からは黄金の粒子が立ち上り紫色のデュアルアイは視線をNY中心、源泉炉心・ギルバートへと向けている。
「私が……俺がいくよ!ギルバート!!」
こうして、光は矢のように放たれた。