第十四話
契機はカーリーが実験中に小さな怪我をした時だ。
「イタッ!」
「カーリー!大丈夫!?」
心配そうに駆け寄るミランダに、涙目で答えるカーリー。そのからは少ないながらも血が流れ落ちていた。
「大丈夫だよ、ママ」
しかしそれは、数秒と絶たないうちに光となって消え、それと合わせるようにカーリー自身の怪我も消えてなくなっていた。
「これは……怪我が治っている?」
その怪我は淡い光を発しながら徐々に治っていったのだ。そこで彼は推論を立てた、本来カーリーにはそのような再生能力は付加されていない。ならばなぜ再生が起こるのか、それはカーリーが魔法で抉った物体が、不定形のエネルギーとしてその体にストックされているからではないか。そして、彼女の身に何かが起こったその時に、そこからエネルギーを引き出して修復しているのではないかと。
「おもしろい、おもしろいぞ一号!吸収した余剰エネルギーを使い、自身の体を再構成しているのか!」
数日後さらに、もう一つのことが分かった。新たに用意した、ナノマシンによってほぼ無尽蔵に再生するはずのサンドバッグがカーリーの抉り取った部分だけ、まるで初めから存在しないかのように再生しなかったのだ。
「これは……なぜ再生しないんだ。まるで元から無かったかのように……」
これについても所長は一つの仮説を立てた、カーリーの魔法はそれがそこに存在するといった概念的なものまでえぐり取っているのではないかと。
「ふふ、ふはははは。世紀の発明だ、私は歴史に名を遺す、救世主になるのだ!これは、世界を救う力だ!」
所長の好奇心は仮説や推論だけでは満足せず、実験はこのころからカーリーの人権を無視した内容へと移行していった。もちろん、世話係のミランダは反対したが、彼女には所長を止めるだけの力がなかった……。
「所長、いくら何でもやりすぎです。このまま続けるようなら州軍に報告させてもらいます!」
顔を怒りによって赤くするミランダ、彼女にとっては娘同然のカーリーが、毎日、傷痕だらけになって帰ってくることがとても耐えがたかったのだ。しかし、所長は何食わぬ顔で、まるで問題にならないといった風に続ける。
「アレは貴重なサンプルだよ。その成長は隅から隅まで記録し、その才能は限界まで伸ばすべきだ。それにね、ミランダ君。私は州軍にも知人がいてね、たとえ君が何を言ったところで、意味なんてないんだよ」
ミランダは黙らざるを得なかった、所長の人脈をある程度知っていた彼女には解ってしまったのだ。この男なら本当にやると……。
「いやだ、……いやあ!」
時には弟のようにかわいがっていたバーナードをその手で殺すように命じられた。拒否すれば拳銃で撃たれ、犬は目の前で処分された、カーリーは外へ出ることが許されなかったため、その亡骸を泣きながら魔法で埋葬した。ミランダはカーリーと一緒に涙を流した。
「う、ぐぅううううぅ!」
時には内臓を何割まで失っても耐えられるか実験された。その時、手術を担当した医師はカーリーの内臓を三割摘出した段階で、魔法によってその両腕を消し飛ばされた。ミランダは何かをこらえるような表情をして、終始黙っていた。
「ママ!ママァアアアアァ!」
時には、施設に襲撃を仕掛けてきた暗殺者との戦闘にもわざと参加させられた。カーリーはミランダを守るために戦い、敵を魔法で消し飛ばした。その時に彼女は初めて人を殺した。ミランダはカーリーが戦うのを震えてみていることしかできなかった。
「うぐぅ、げぼおおぉぉぉ!」
胃の中身を吐き出し、うずくまる娘に、ミランダは謝り続けた。
「カーリーごめんね……ごめんね……」
泣きじゃくり、謝罪の言葉を繰り返す彼女を、しかしカーリーは責めなかった。
「いいんだよ、ママ。ママは私が守るから」
「ごめんね……」
ミランダはカーリーのことを娘のように思っていた。だからこうなったのは当然の結果だったのかもしれない。
「カーリーこっちに!」
「ママ!」
彼女はカーリーを連れて逃げようとしたのだ。しかしそれは失敗してしまった。研究所の地下、最後の希望にすがって辿り着いた機人の格納庫、しかし機人には強固なプロテクトが施されており起動させることができず。追い詰められた彼女はそこで、これ以上続く地獄に娘を置いておけないと、無理心中を決意した。……このとき彼女にはわかっていたのだ、追い詰められた自分の娘ならどういった行動に出るのかが……。それを見つめるのは一機の機人、カーリー専用に設計された第三世代型機人ドゥルガーだけだった……。
「ごめんね……ごめんね……カーリー……」
「う、……ぐぅ……」
カーリーの首に手をかけ、徐々に力を強くしていくミランダ……。その顔は悲痛に歪み、食いしばった歯からは鮮血がしたたり落ちている。カーリーは抵抗する気も起きず、流れに身を任せていた、目の前で泣きながら自分に謝る女性を、どうしても手にかけることができなかったのだ。
「頑張って、頑張ってね……」
「う……」
母と慕う人間からの暴行に、精神的にまいったカーリーの本能は、反射的にありったけの力で魔法を使う、使ってしまう。
「う……う、うぁあああああああああああ!!」
「これで……」
最後の瞬間、ミランダは確かに微笑んでいた。それは、周囲の者を取り込んでエネルギーに変換し、そのエネルギーでまた周囲の者を取り込む無限連鎖。漆黒の銀河は全ての者に死を与えあらゆる光を貪り尽す。その光景は少女の嘆きにも似ていた。すべてが終わった時に残っていたのは長大なクレーターとカーリーただ一人。彼女はこのときに一度死んだのだ、育ての母の手によって、自分自身の無力さによって。
「う、わあああああああぁぁぁ!」
少女は新生し、新たに産声を上げる。世界に、いまだ見ぬ誰かに己が存在を示すように。その日の晩は、激しい雨が降っていた。
※
長い夢から覚め、アランの意識は徐々に覚醒していった。血と臓物の匂いは消え失せ、やってきたのは清潔な消毒液の匂い。そこは深夜、学園の保健室だった。意識が戻った彼の瞳からは、とめどなく涙が流れていた。夢を通してカーリーの抱いた感情が、彼に直接流れ込んできていたのだ。アランは思う、あの明るい少女を守らなければならないと、今度こそ絶望の檻に捕らわれないように……。
「よぉ、色男。何を泣いているんだい?」
そんな彼へ、横のベッドに寝ていた学園長、ステラ=ローズがギプスをはめられた腕を窮屈そうにしながら問うてくる。ステラはいたるところに傷を受け、頭には包帯がまかれ、その姿は痛々しかった。
「夢を……見ていました」
「そうかい、よっぽどクソったれな夢だったんだろうね。あんた凄いうなされようだったよ」
それに答えることなく、涙をぬぐうアランに、学園長は事の経緯、アランが気絶して以降のことを話し出す。
「ミハエル=アイエン。そいつが騎乗する機人ブラフマー、あんたを撃墜したその機人は逃亡し行方がつかめてない。でも、相手の狙いは大方予想がついている……聴くかい?」
「はい……」
何かを決意したような目を向けてくるアランに、一つ頷いて学園長は先を続ける。
「ブラフマーはきっと源泉炉心を落とす気だ、そうなったら源泉炉心からの力の供給は途絶え、多くの人が飢えと寒さで死ぬことになる……お前はどうする?」
……答えは決まっていた。アランはカーリーの聖騎士なのだから。
「盗られたものを、取り返しに行きます!」
戦いの火蓋は切って落とされた。冬の夜空はすみわたり、雨はもう降っていなかった。